- 男
- スイは僕のなかに住んで、僕のなかを旅している。
- *
- 女
- お・は・よ・う。
- 男
- お寝坊のスイが起きるのは、たいてい午後だ。おきぬけにスイは、ぱたぱたと羽枕を叩く。僕はそのほこりを吸って、コホンと咳をする。
- 女
- ごめんネ。でも、枕はいつもふんわりとさせておかなくちゃだめなの。いい夢を見ることができなくなっちゃうもの。
- 男
- スイは夢を大切にしている。
- *
- 女
- 趣味はさかなつり。
- 男
- でも、あまり上手くない。スイのつりざおが、助骨の一本にからまると、僕の胸はひくっと痛む。
- *
- 女
- 今ね、あなたに着てもらおうと思って、セーターを編んでいるの。
- 男
- スイが編み続けているセーター。それは、時間によって、色が変わる。太陽をアップリケしたり、星を刺繍したりしながら、どこまでも広がっていく。
- *
- 女
- 私、読書も好きよ。
- 男
- スイの本棚には、本がいっぱいだ。スイは僕の記憶の数だけ、本を持っている。つらいこと、いやなこと、記憶から消してしまいたいことも、スイは本にしてしまう。
- 女
- だって、いいことばかりが、人生じゃないでしょ。でも、がっかりしないで。哀しみのあとには幸せがくるわ。夜のあとには、朝がくるように。
- 男
- スイは、人生を達観している。
- *
- 女
- ね、ぶらんこに乗りに行こう。
- 男
- スイは、家の近くの児童公園のぶらんこが気に入っている。もちろん、ぶらんこをこぐのは僕だ。スイは僕のなかにいて、ぶらんこを感じている。
- 女
- 空が好き。晴れた空も、曇り空も、雨の日の空も。
- 男
- スイは、ぶらんこに乗って、僕の感情を揺する。高く、低く。
- 女
- おっと、散歩の時間だ。
- 男
- でも、歩くのは僕だ。
- 女
- もう、そっちじゃないったら。だめだめ、右じゃなくて、左。
- 男
- 気がつくと、僕は、知らない街を歩いている。
- 女
- 私の両目は、シグナルの赤と青よ。ウインク一つで、哀しみをストップさせることが出来るの。
- 男
- 反対に喜びをストップさせてしまうことだって出来るのだ。赤と青、どちらの目をとじるかで。
- *
- 女
- ようこそ!スイズバーへ。
- 男
- 夕方になると、スイは、僕の胃袋のなかに小さなバーを開店する。メニューは、特製のカクテルだけ。スイの作るカクテルはおいしくて、自分でも、つい飲み過ぎてしまうらしい。
- 女
- ジンをベースに、レモンを少々、ミントとグランマニエを加えて、最後にこぼれ落ちる涙を一滴。
- 男
- 僕はまだ飲んだことがない。どんな味か、想像もつかない。
- 女
- 一人で飲むと、いつも酔っぱらっちゃうのよ。
- 男
- スイの眠りは、そのまま、僕の眠りだ。僕は羊を数えながら眠る。何匹まで、数えたのか、いつも、朝になれば忘れている。スイは僕のなかの会えない羊だ。
- *
- 女
- 今日も一人でいい子にしてた?
- 男
- スイは孤独を愛している。だから、僕にもひとりであることを望んでいる。僕がひとりでいる時だけ、スイはスイでいられるのだ。ねえ、いつまで、僕のなかにいるの?
- 女
- そうねえ、明日か、それとも50年後か。
- 男
- スイの好きなもの。さかなつり。ぶらんこ。夢のかけら。幾つもの空。孤独。終わらない夜…
- 女
- 羊が98匹… 羊が99匹… 羊がひゃーぴき…(だんだん眠たくなってくる声)…
お・や・す・みなさーい…
- END