- 登場人物
- 男(タキザワ)
女(ミヤシタ)
- ―冬のおわり。病室。
寝台の上の男。かたわらに椅子にすわった女。
話の途切れたのをつくろうように女…。
- 女
- 「…東京の方、大雪なんやて。」
- 男
- 「あ、ほんま…」
- 女
- 「うん。テレビのニュースで言うとった」
- 男
- 「ふーん。」
- 女
- 「今年、こっちは雪、全然降らへんかったな」
- 男
- 「うん、そういえばそうやね」
- -間
- 女
- それ、「映らへんの」
- 男
- 「え?」
- 女
- 「そのテレビ」
- 男
- 「…。世の中がどうなってんのか、あんまり知らんねん」
- 女
- 「ふーん」
- -間
- 男
- 「…ああ、お茶。」
- 女
- 「え?お茶?」
- 男
- 「飲みたかったら、いれよか?それないやろ、もう。」
- 女
- 「ああ、もうええよ、私は…。タキザワ君は?」
- 男
- 「いや、オレももうええねん…。」
- 女
- 「あ、そう」
- -間
- 男
- 「…今日は、ホンマありがとう。」
- 女
- 「え?何が?」
- 男
- 「いや、わざわざ見舞いに来てくれて…。」
- 女
- 「ああ、いや、ええんよ別に」
- 男
- 「そやけど、ミヤシタさんが来てくれるとは、思わへんかったわ。」
- 女
- 「え?ああ、そうなん。…何で?」
- 男
- 「何でって…。いや、何でやろ…。まあ、びっくりしたわ。」
- 女
- 「へえ…。アハハ…」
- 男
- 「…卒業旅行とか、行かへんでええの。」
- 女
- 「うん。」
- 男
- 「…へえ…そう」
- 女
- 「私、そんなん行くようなトモダチおらへんねん。」
- 男
- 「ああ、そうなん」
- 女
- 「バイトもあんまり休まれへんし」
- 男
- 「…何してんの?バイト」
- 女
- 「居酒屋。何や、きったないとこやねん」
- 男
- 「ふーん」
- 女
- 「退院したら飲みに来てや。きったないとこやけど…」
- 男
- 「え?ああ、退院したらね…。そやけど、もう就職決まってんのと違うの?」
- 女
- 「…。4月までお金ないし、バイトすんねん」
- 男
- 「ふーん。…何時からなん?」
- 女
- 「5時」
- 男
- 「え、ほな、もう行かなあかんやん。」
- 女
- 「うん、…まあ、…まだ、大丈夫なんやけど」
- 男
- 「ええ、でも、4時半やで…」
- 女
- 「うん、ええねん…」
- 男
- 「…フーン」
- 女
- 「ここから、新幹線見えるんやね」
- 男
- 「ああ、うん…そうやね」
- ―と、男、窓の外を見る。
- 女
- 「…タキザワ君、卒業式、出られへんの?」
- 男
- 「え?ああ、うん。…無理やな…たぶん」
- 女
- 「そっか…」
- 男
- 「…」
- 女
- 「…ふーん、残念やね…」
- 男
- 「えっと…あれ?ああ、もうこんな時間か…。夕飯の時間な…」
- 女
- 「…」
- 男
- 「…病院は早いねん…。何でもが…ホンマ困ったもんやで…」
- 女
- 「…」
- 男
- 「今日は、ほんま、ありがとうな」
- 女
- 「え?…うん…」
- 男
- 「…もう、ごはんやし…」
- 女
- 「…うん」
- 男
- 「…バイトは?」
- 女
- 「え?…」
- 男
- 「ええの?時間。」
- 女
- 「ええの。」
- 男
- 「…そう…」
- 女
- 「私、まだ、…ここにいたいねん」
- 男
- 「え?」
- 女
- 「…タキザワ君と…」
- 男
- 「いや…アハハ…え?」
- 女
- 「…ええやろ」
- 男
- 「…いや…まあ、ええけど…」
- 女
- 「迷惑なん?」
- 男
- 「何で。そんなことないよ。」
- 女
- 「びっくりしたんやろ」
- 男
- 「え?」
- 女
- 「びっくりするわな。ずっとそんな顔してたもんな。何で、こんなんが来るんやろて」
- 男
- 「いや」
- 女
- 「ええねん、わかってんねん。私かて、タキザワ君とは、ゼミは一緒でも、四年間で17回しかしゃべったことなかったんや。それに、私こんな顔やし、服かて地味やし目だたへんもん。そら、早よかえってほしいって思うに決まってるわ。」
- 男
- 「いや、そんなことないって」
- 女
- 「17回って、そんな感じやねん。そんな距離やねん。あたまえや。私、わかってたんや。そやけど、私来てしもうた…。タキザワ君、やさしいな」
- 男
- 「え?」
- 女
- 「やさしいわ…。やさしすぎるねん。何で早よかえれって言わへんの?私、つけあがるやんか。つけあがるねんで、あんまりやさしされたことないねんから…。」
- 男
- 「…」
- 女
- 「これ。」(と、渡す)
- 男
- 「え?」(と受けとる)
- 女
- 「別に、たいしたもんと違うねんけど…お見舞いに来たのに手ぶらやいうのもナンや思うて…」
- 男
- 「…何?」
- 女
- 「何って…。何って言われて応えるようなもんでもないねん…お守り。…いつやったかなあ。ああ、そうや。初もうでのときや。…ちょっと買うてみたんよ。…」
- 男
- 「…あ、…どうも…ありがとう」
- 女
- 「ホンマ早よ治ったらええのにな。」
- 男
- 「うん…。」
- 女
- 「…五回、通ったんよ。」
- 男
- 「え?」
- 女
- 「新幹線。私がここにすわってから」
- 男
- 「ああ、そう…」
- 女
- 「あっちの方に三回…こっちに二回…。五回とも思うたんよ…いつか、あれに乗ってタキザワ君とどっか行けたらええなあって…」
- 男
- 「…」
- 女
- 「ほな、かえるわ。」
- 男
- 「え?ああ…」
- 女
- 「おだいじに…」(と立つ)
- 男
- 「うん…」
- 女
- 「…また、来るかもしれんけど、ええかな…」
- 男
- 「うん、ええけど…」
- 女
- 「ほんまに?」
- 男
- 「…うん」
- 女
- 「ええの?」
- 男
- 「うん」
- 女
- 「ありがとう…。…あ!あかん、バイト、チコクや。早よいかな…。バイバイ。」
- ―女、ドアを開け病室を去る
―遠くを列車が通る。
男、タメイキをついて、TVをつける。ニュース(東京の大雪の、
あるいは、どこかの何かの事件)を読むアナウンサーの声が流れて。