- (午後11時すぎ。健太郎の部屋。音楽、鼻歌。チャイムが鳴る)
- 健太郎
- 「?……誰だ、こんなに遅く…」
- 京子
- 「わたし、京子」
(ドアを開ける)
- 健太郎
- 「…どうした?」
- 京子
- 「ワイン。お祝い」
- 健太郎
- 「?…入れよ」
(部屋)
- 健太郎
- 「祝いって?俺?」
- 京子
- 「?…健太、お祝いするようなことあった?」
- 健太郎
- 「う、うん、ふふ…」
- 京子
- 「何よ、その笑い」
- 健太郎
- 「京子こそ何だよ。結婚でも決まったか?」
- 京子
- 「……別れた」
- 健太郎
- 「!別れた?」
- 京子
- 「十日前」
- 健太郎
- 「……おいおい…それでワインか?…」
- 京子
- 「ちがうよ……」
- 健太郎
- 「………よかったな」
- 京子
- 「よかったって何よ。ひどいじゃない」
- 健太郎
- 「うん。あいつは、京子にはあわない。いいやつだけど、ちょっとな……」
- 京子
- 「……………健太は?いいことある?」
- 健太郎
- 「俺?あるよ。11月転勤」
- 京子
- 「えっ?!………」
- 健太郎
- 「今日、内示があった。新しいプロジェクトへ参加するんだ」
- 京子
- 「それって、健太がやりたかったこと?」
- 健太郎
- 「そう」
- 京子
- 「ロボット?」
- 健太郎
- 「そう」
- 京子
- 「すごーい。すごいじゃない。健太、ロボット作りたくって会社入ったんだもんね」
- 健太郎
- 「『鉄腕アトム』みたいなロボット、夢だよな」
- 京子
- 「乾杯、乾杯。はやく、グラス、グラス」
(ガチャガチャと音)
- 京子
- 「おめでとう!」
- 健太郎
- 「サンキュウ」
(グラスを合わす)
- 健太郎
- 「まるで『アトム』完成したみたいだな」
- 京子
- 「いよいよ一歩踏み出すか、健太も」
- 健太郎
- 「も、って?」
- 京子
- 「ふふ……わたしも」
- 健太郎
- 「なんだ、なんだ、どうしたんだ?」
- 京子
- 「うん。わたし……ずっと考えてたの」
- 健太郎
- 「考えてた?京子が?」
- 京子
- 「ちゃかさないで。……考えてたの、ずっと……一体わたしは何がしたいんだ…何で生きてんだ…って。行き詰まってたの、仕事も、彼とのことも……」
- 健太郎
- 「で?」
- 京子
- 「彼と別れた。会社辞めた。やっぱり、写真撮りたい」
- 健太郎
- 「えっ……おい、待てよ……」
- 京子
- 「ウズベク」
- 健太郎
- 「ウズベク?」
- 京子
- 「そう、来年、ウズベクにいくの」
- 健太郎
- 「……」
- 京子
- 「あーーっ、『おめでとう』言ってくれないの?わざわざ、ワインもってきたのに」
- 健太郎
- 「……急にそんなこといわれても……おめでとう」
(グラスを合わす音)
- 健太郎
- 「京子はいつだってそうだよな……いつだったっけ?今から写真撮りに行くって、最終の新幹線とび乗って…20の記念って」
- 京子
- 「そうだった?」
- 健太郎
- 「何するのも突然だったー」
- 京子
- 「考えて、考えて、やってんだけどな」
- 健太郎
- 「そういえば『迷ってるんだけど…』って相談されたことないなぁ」
- 京子
- 「そんなことないよ、『どう思う』って健太には聞いたよ」
- 健太郎
- 「結論はいつも出てたけどな」
- 京子
- 「だって、決めるのは結局、自分だもの。健太だってそうじゃない」
- 健太郎
- 「俺は、結構、優柔不断さ。悲しいかな」
- 京子
- 「うっそー、相談受けたことないよ。受験の時も、就職の時も」
- 健太郎
- 「…………行ってしまうのか…ウズベク」
- 京子
- 「うん。どれくらいやれるかわかんないけど…」
- 健太郎
- 「人間を撮りたい、地球の人間をみんなフィルムに残したいって。京子、昔から言ってたもんな」
- 京子
- 「レンズ覗かないと見えてこないんだ、わたし」
- 健太郎
- 「…落ち込んでても写真集みせると元気になるもんな、京子は」
- 京子
- 「そう。知らないでしょう。ふふふ…ファインダーの中にはかっこいい魔法使いがいるの」
- 健太郎
- 「魔法使いか…京子の写真、普段の京子とギャップ大きいもんな。あのギャップが京子の可能性みたいな気がするよ…………なんか、ワクワクしてきたな」
- 京子
- 「健太も?」
- 健太郎
- 「夢だもんな」
- 京子
- 「健太は『鉄腕アトム』を作る」
- 健太郎
- 「京子はいろんな国のいろんな人を撮る」
- 京子
- 「乾杯しよう」
(ワインを注ぐ)
- 京子
- 「乾杯!」
- 健太郎
- 「乾杯!」
- 京子
- 「健太、楽しみにしてるからね」
- 健太郎
- 「まかせとけ。弱音吐いたりしたら、京子に何言われるかわからないもんな」
- 京子
- 「そうよ、一年後、二年後かな。帰ってきた時、くじけていたら、幼なじみだからって甘えさせないよ。面倒みてやらないよ」
- 健太郎
- 「一年でも、二年でも、納得いくまで写真撮ってこいよ。しょぼくれて帰ってきたら俺の嫁さんにするからな」
- 終わり