- 登場人物
- 先生 西野ゆり子(34才)
生徒 小林 悠介(31才)
- (西野ゆり子先生を囲んで、11脚のイスが半円形に並んでいる。少しうちとけた感じの男達のざわめき。ため息。)
- ゆり子
- 「はい、小島さんの遊園地デートシュミレーションとっても楽しかったです。このクラスはほんと優秀。小島さんも後は実践あるのみ。がんばってくださいね。さあ、恋愛講座第六時限、デートシュミレーション。次は……小林さん、小林悠介さん」
- 小林
- 「えっーぼく?」
- ゆり子
- 「そうよ、さあこちらへ出て来て」
- 小林
- 「あ、はい」(ガタッとイスの音)
- ゆり子
- 「もちろん、考えてきたわよね、シチュエーション」
- 小林
- 「えーーまあー」
- ゆり子
- 「どういうシチュエーションかしら」
- 小林
- 「えーと…遺跡…津ノ山遺跡」
- ゆり子
- 「遺跡?!あら、おもしろい」
- 小林
- 「日曜日。津ノ山駅、11時」
- ゆり子
- 「えー、そんな遠くで待ち合わせ?」
- 小林
- 「ダメですか…」
- ゆり子
- 「…う…いでしょ、じゃ駅で11時。OK。
じゃあ行きましょう。私は先生じゃなくて小林さんのお相手、ゆりさん」
- 小林
- 「向こうのこんもりした丘、あのふもとです」
- ゆり子
- 「(その気になって)小林さん遺跡っておもしろいのですか。」
- 小林
- 「はい。すごくおもしろいですよ。ギャハハハハーっていうくらい」
(小林くん、とってつけたように大笑い)
- ゆり子
- 「……あのねぇー……」
- 小林
- 「ユーモア、ユーモアですよ。会話にユーモアをって、ゆり子先生おっしゃったでしょ。えーと……」
- ゆり子
- 「第五時限」
- 小林
- 「そう、五時限目」
- ゆり子
- 「…『自分らしさを』っていったわよ。第二時限。無理しちゃあダメ。自分を作らない。ちっともユーモアになってないわ」
- 小林
- 「お言葉ですが…先生それはないんじゃないでしょうか。笑って空気を和らげる努力をしてるんです。相手のことを思う、四時限目」
- ゆり子
- 「OK。小林くん。(いつの間にか『くん』になっている)努力は認めるわ。じゃ、ここで皆さんにアドバイス。こうした努力が空振りに終わった場合、気まずい空気をすかさず取り払らう方法です。はい、小林くん、いいところでずっこけてくれました。(笑い声)『自ら企てた行為の結果を言葉にする』。例えば、こういう風に。『おもしろいとおかしいは違いましたね』」
- 小林
- 「なるほど…」
- ゆり子
- 「少し私の方から話していきましょうか……遺跡のどんなところが魅力なんですか」
- 小林
- 「………どんなところって………ゆり子先生、わかりませんか?」
- ゆり子
- 「先生じゃなくってよ、ゆりさん。……私はあまりよくわからないのですけど…」
- 小林
- 「それは、…………じゃあ、ゆりさんは何がおもしろいのですか?」
- ゆり子
- 「…ちょっとー……小林くん。ゆりさんはあなたの答えが聞きたいのよ。人に話させない。『まずは己を語る』第二時限。でしょ。そんなつっかかった言い方をしない」
- 小林
- 「あっ……すいません。ぼく…遺跡のことになると夢中になってしまうんです」
- ゆり子
- 「夢中はいいけど、みんな、同じじゃあないからね」
- 小林
- 「すいません」
- ゆり子
- 「質問を変えましょう。…小林さんは遺跡にどうして興味をお持ちになったの?」
- 小林
- 「どうして…って……………。ぼく、小さいころ、畑で土器のかけらをみつけた事があるんです」
- ゆり子
- 「土器?」
- 小林
- 「はい。ぼくの手のひら位の変形三角形だったんですけど。幾何学模様があって」
- ゆり子
- 「縄文とか?」
- 小林
- 「いえ、そんな古いものではなかったんですけど…。その辺りはほんの五十センチばかり掘ると、なんだかだ出てきて…奈良時代のものだって教えられて…子供心になんか不思議な感じがしたんです。何百年も前の人達が、今いる自分と同じ大地の上に立っていたっていうことに…」
(小林くん、これでいいのかという顔でゆり子先生を見る)
- ゆり子
- 「続けて」
- 小林
- 「遺跡はロマンです……遺跡は想像力です。土のわずかな色の違いの中に人間の営みを見、何もない大地に古代の家を建て、欠けた土器に炎の強ささえ見るのです」
- ゆり子
- 「………いいわ、その調子。その調子よ、小林くん」
- 小林
- 「……ゆり子先生、退屈じゃないですか?」
- ゆり子
- 「そんなことないわ」
- 小林
- 「そんなことないって……おもしろくないですよね、こんな話……ゆり子先生だから聞いてくださってるので……」
- ゆり子
- 「そんなことないわ。ねぇ、みなさん。小林くんの目、キラキラしてるわよね」
(終了のオルゴール)
- ゆり子
- 「小林くん、自信もってね。その目の輝きは誰にも負けてないわ。それが分からないような女の子はふっちゃいなさい」
- 小林
- 「そんな……ゆり子先生、過激なんだから……」
(オルゴール)
- ゆり子
- 「時間ね。小林くん、とってもよかったわ。今の感じよ。来週も、シュミレーションします。誰に当たるかわかりませんよ。考えてきてください。楽しみにしてます。じゃあ、今日は以上」(ゆり子先生出ていく。少しして、小林くん走って先生の後を追う)
- 小林
- 「先生」
- ゆり子
- 「はい?…」
- 小林
- 「ゆり子先生、今度の日曜日……」
- ゆり子
- 「…うん?…」
- 小林
- 「あーーーいいです……」
- ゆり子
- 「ちょっと待って、小林くん。いいことないわよ。実践できなきゃ意味ないじゃない。『自分の気持ちを素直に表現する』第五時限。さあ、途中で止めたりしないで、最後までちゃんと話してごらんなさい」
- 終わり