- 登場人物
- 男
女
- 老婆の後ろ姿を見送る、流れ星。…ある日、どこかでの男と女の会話です。
例えばセックスを終えた男女がベッドの上から 天井を見つめつつ何気なくかわす会話かもしれない。
場末の汚れたラブホテルなんかで。
- 女
- なあ…。…なあ…。
- 男
- …。
- 女
- なあて…。
- 男
- うん?
- 女
- ねてんの?
- 男
- …うん…。
- 間。
- 男
- あ、そうや…。
- 女
- うん?
- 男
- 結婚しよう。
- 女
- うん。
- 男
- え?…ほんまに?
- 女
- ほんまや。
- 男
- ええの、オレで。
- 女
- ええよ。
- 男
- 何で。
- 女
- 何でって。
- 男
- 何で、オレでええのやろか。
- 女
- 何でやろ…。
- 男
- 他の人でもええのとちがう?
- 女
- うん…そうやね…。それもそうやけど…。じゃ、何であんたは私でええの?
- 男
- うん…何でやろな…。
- 女
- 何や…あんたも言えへんやん。
- 男
- そうやな…。
- 女
- 別にええやん、…あんたで…。
- 男
- 別にええやんで結婚するんか?
- 女
- うん、しゃあないやろ。あんたかて、私で別にええねんから…お互いさまやん。
- 男
- そういうもんなんか?
- 女
- そういうもんや。
- 男
- 人はそういうふうに結婚するもんなんやろか。
- 女
- ほな人はどういうふうに結婚するもんなん?
- 男
- えっと、そうやな…。
- 女
- 考えなあかんのやったらええやんもう、結婚しよう。
- 男
- ちょっとまてや。
- 女
- もうええやんか、結婚するねんから、私たち…。
- 男
- ま、そうやけどな…するんやけど…。…するんやな、ぼくら、結婚。
- 女
- するんやろ何言うてんの、する、言うたやん。せえへんのか?ええ?
- 男
- するよ。
- 女
- 何や。怖気づいたんか?
- 男
- 何で怖気づくねん。
- 女
- 何べんもそんなこと言うから。
- 男
- 確認してんのやないか。
- 女
- 確認せなあかんほど不確かなんか、私たちの結婚は。
- 男
- いや、そうやないやろ、確認して、より確かなもんにするんやないか…。
- 女
- そんなことせんでも確かなもんなんやろ。何べんもごちゃごちゃ言わんでもええやんか。
- 男
- じゃあ、ごちゃごちゃ言わなあかんほど、確かなことではないんやオレらの結婚は。
- 女
- そんなことないわ。確かなことやんか。私がいて、あんたがいて、それだけでええやん…結婚しような。…ええやろ。
- 男
- …うん。
- 女
- ええねんな。
- 男
- うん…。…確かな、ことか…。
- 女
- 確かなことやん。
- …間。
- 女
- …結婚したらどうすんのん?
- 男
- え?どうするって…。
- 女
- 生活すんのやろ…子供産んだりして。
- 男
- そうやなあ…。
- 女
- 私、先に死ぬ思うわ、…あんたより。
- 男
- 何で。
- 女
- 何でやろ、わからへん、そんな気がすんねん。
- 男
- オレの方が先やろ。
- 女
- いや私やねん。
- 男
- え、何で。
- 女
- そやし理由なんてあらへんねん。…私の方が先にいくような気がすんねん。
- 男
- 何やそれ。
- 女
- ええな、あんたは、…長生きして。
- 男
- ええ?
- 女
- 私が死んだら、他の女つくって再婚すんのやろ、いやらしい。
- 男
- 何でやねん、そんなことせえへんわ。
- 女
- いや、そうやねん。あんたなら、そうするに決まってるわ。
- 男
- 何でや。
- 女
- また、ワケを聞く。そやから理由なんてない言うてるやろ。
…もう、それは決まってることやねんから…。淋しいわ…。
私…。
- 男
- お前が勝手に決めてるだけやないか…。
- 女
- そうや…。勝手や…。私が勝手に決めてんねん。
- 男
- 何やそれ。
- 女
- 私、死んでもどこへも行かへんねん。
- 男
- …どういうことやねん、それ。
- 女
- あんたの近くにおる思いますわ…。
- 男
- 近くにおってどうすんねんな…。
- 女
- 見てんの…あんたんことを…。
- 男
- オレを?
- 女
- ええやろ?
- 男
- ええけど…。オレからはお前が見えへんのやろ。
- 女
- 時々、見えるようにしたるわ。
- 男
- したるわって…ええわ、そんなん…。
- 女
- コワイんか?
- 男
- 別にこわないわ…。
- 女
- こわいんやろ。
- 男
- それで、お前と俺は話でもすんのか?
- 女
- そう、話しすんねん。いろいろと。
- 男
- そやけど…そんとき…お前は幽霊なんやな…。
- 女
- こわいんやろ。
- 男
- こわないって…。
- 女
- …幽霊になんのは、いややね。
- 男
- いやか…。
- 女
- うん。
- 男
- お前、自分でこわいんやろ…。
- 女
- うん。
- 男
- 何や、それ。
- 女
- だって幽霊ってほんまにおるんやで…。
- 男
- へえ。
- 女
- おばあちゃんが死んだとき見たような気がすんねん。
- 男
- 見たような気ってどういうことやねん。
- 女
- 障子のかげのとこで、何か、見たんよ…。
- 男
- …。
- 女
- おばあちゃんは私を一番可愛がってくれたんよ。
そやし、今でも眼をつぶると、おばあちゃんの笑っとる顔が見えるんよ。
- 男
- それが幽霊なんか?
- 女
- …うん…。
- 男
- 何や、それ…。あ、そうや。
- 女
- え?
- 男
- 思い出した。
- 女
- 何を。
- 男
- 何でお前と結婚しよう思うたんか…。
- 女
- 何で?
- 男
- オレな…ここに来るまで…こうしてお前に会うまで…
ちょっと考えたんや…。人のいっぱいおるとこ歩きながら…。
この人ごみの中から友だちや恋人を探し出すのんは、ごっつう大変なことやなあ…て…。
そんなことより、つまり、友情や恋愛なんてしみったれこと、あーだ、こーだ考えるより、そんなことに区別ない方がええのんとちゃうかなて思うたんよ。…この人ごみの中の人々が、みんなお前と同じような顔してたらええのになあ…て…。
な、そうやろ、オレかて、みんなと同じような顔してたら、オレと結婚すんのも楽やで…。そう思わへん?
- 女
- …何言うてんのかわからへん。
- 男
- …そうか…。そうやな…。とにかく、まあ…結婚しよう。
- 女
- うん…。…二人は…だまって、天井を見つめている。
- 女
- …なあ…。なあ…。
- 男
- …。
- 女
- …なあて…。
- 男
- うん?
- 女
- ねたん?
- 男
- …うん…。
- 女
- ねてんのに答えてんの?
- 男
- そうや…。
- 女
- 何で?
- 男
- 何でやろ…知らんわ…。
- 女
- …ほんまにねてんの?…
- 男
- うん…もうずいぶんまえから眠ってんねん。
- 女
- じゃ、これはねごとなん?
- 男
- そうやなあ…。ねごとなんやろか…。
- 女
- ほな…おやすみ…。
- 男
- おやすみ…。
- …間。
- 女
- なあ…。
- 男
- 何やねん…。
- 女
- …。(フフフ…と笑っている)
- 終
- お断り ※一部、尾形亀之助詩集より、参考にしました。