- 登場人物
- 女
運転手
- ―深夜。駅前のタクシー乗り場。
ドアが開き、一台の車に乗り込む女の客。
ドアが閉まる。
- 運転手
- 「どちらまで」
- 女
- 「……とりあえずまっすぐ行って下さい。」
- 運転手
- 「……はい。」
―発進するタクシー。…走行音。
- 運転手
- 「…雨、やんだみたいですよ…。」
- 女
- 「ああ…。」
- 女
- 「汽車、来ましたよ」
- 運転手
- 「…梅雨明けは、まだみたいやけど…。」
- 女
- 「そうですか。」
- 運転手
- 「…えっと…次の信号は…どうします?」
- 女
- 「…まっすぐで、かまいません…。」
- 運転手
- 「はい。」
―走行音。
- 運転手
- 「梅田か、どっかで…飲んで来はったんですか?」
- 女
- 「いえ…」
- 運転手
- 「…今の終電で、帰って来はったんやないんですか?」
- 女
- 「違います…。」
- 運転手
- 「…そうですか…」
―走行音。
- 運転手
- 「…あの…橋はどうします?渡りますか?」
- 女
- 「ええ…」
- 運転手
- 「はい…」
- 女
- 「渡って…すぐの道を左へまがってください。」
- 運転手
- 「はい。」
―橋を渡り、車は方向指示機をだしつつ、左へまがる。走行音。
- 女
- 「駅には……彼を見送りに行ってたんです。
…一年前から転勤で東京に行ってるもんやから…。
昨日、今日と、休みでこっちにかえって来てたんやけど…。」
- 運転手
- 「…そうですか…。」
- 女
- 「……」
- 運転手
- 「じゃ、次の休みまで会えないんですね。」
- 女
- 「……」
- 運転手
- 「淋しいでしょう…」
- 女
- 「河にそって、まっすぐ走ってください…。」
- 運転手
- 「あ…はい…。」
- 女
- 「…まっすぐ…上流の方へ…」
- 運転手
- 「…はあ…」
―走行音。
- 運転手
- 「…あの…。ここから先は…あんまり家もないとこなんですけ どね…」
- 女
- 「いいから…まっすぐ行ってください」
- 運転手
- 「…はあ…」
―走行音はつづく。
- 運転手
- 「…ラジオでもつけましょか…」
- 女
- 「いえ…いいです。」
- 運転手
- 「そうですか…」
―しばらく走行音。
- 女
- 「…彼…東京に女がいるみたいなんです…。」
- 運転手
- 「え?…ああ…。…女…」
- 女
- 「わかるんです…私…」
- 運転手
- 「…」
- 女
- 「…彼の顔見てたら…。…もう、私には気がないってことが…。 …でも、知らないふりしてやるんです…。そんなこと…全く気づいてないふりを…。」
- 運転手
- 「考えすぎやないですか?」
- 女
- 「…違います…」
- 運転手
- 「すいません…」
- 女
- 「わかります…私には…」
- 運転手
- 「そうです…よね…。すいません。」
―しばらく走行したら、ブレーキ。車は止まる。…。
- 運転手
- 「…あの…もうこれ以上無理なんですけど…行きどまりで…」
- 女
- 「…ライト…消してください…」
- 運転手
- 「はい?」
- 女
- 「消して下さい…ライト…。」
- 運転手
- 「はい」(と、消す)
―虫の音が聞こえる。
- 女
- 「…運転手さん…。」
- 運転手
- 「…はい…。」
- 女
- 「泣いてもいいですか?」
- 運転手
- 「あ…どうぞ…」
―女のすすり泣きが聞こえてくる。運転手、仕方なく…。
すこし、タメイキをついてしまう…。と…
- 運転手
- 「あ、…蛍や…。」
- 女
- 「…。」
- 運転手
- 「…蛍がいますよ…」
- 女
- 「…。」
- 運転手
- 「ほら…あそことそこに…。三匹いる。」
―しばらくして、また、女のすすり泣きが聞こえてくる。
無数の蛍が車のまわりで飛んでいた。