- (郊外を流れる一級河川の土手。萌え出た緑が鮮やか。風が吹いている。
河川敷では少年野球の試合。 歓声が聞こえてくる。
息を切らせながら土手を走り上がってくる女の子)
- 風
- 「おっ、新顔だね」
- みどり
- 「…?…(まわりをキョロキョロ見る)誰?」
- 風
- 「おれ、風」
(風、ヒュルルーとみどりの体を風で包む。
みどり、黙って走る)
- 風
- 「おいおい…蹴りはもっと小さく…」
- みどり
- 「………」
- 風
- 「……ほら、一、二、一、二……初めて?」
- みどり
- 「…そう」
- 風
- 「どこまで?」
- みどり
- 「…土手を走って、渚大橋をわたって、向こう岸をさかのぼって、上渚橋を渡って帰ってくる」
- 風
- 「…約六キロか…初心者にはちょっときついぞ」
- みどり
- 「………」
- 風
- 「三キロくらいから始めるほうがいいと思うよ」
- みどり
- 「……いいの」
- 風
- 「…リズム、リ・ズ・ム・……吸って吸って、はいてはいて……」
(みどりの息ずかいが荒くなる)
- みどり
- 「…走るのよ。走って女になるの!」
- 風
- 「走って、女ねぇー……初めからとばすと続かないよ……もっとゆっくり…聞いてる?」
- みどり
- 「聞こえてるわ」
- 風
- 「足痛めるぞ…」
- みどり
- 「視線は十メートル先の地面を見つめて、栄光のゴールをイメージしながら走る。本にそう書いてあったわ」
- 風
- 「自分のペースで、走ること自身を楽しみながらってのもあるよ」
- みどり
- 「………(もごもごと)楽しんでるわ」
- 風
- 「そんなに必死になっちゃ駄目だよ」
(みどり、ますます息荒くなる)
- 風
- 「せっかくの太陽だろう。せっかくの眺めだろう」
(遠くでトランペットを練習してる音。電車の響き)
- 風
- 「…ようこそ、俺のなわばりへ。仲間を紹介するよ」
- みどり
- 「……」
- 風
- 「ほら、あそこ、土手の中ほど。あいつ、高校生になったばかり。ブラスバンド部に入ったんだ。毎日、練習にきてる。大分うまくなったー」
- みどり
- 「…光り輝く高校時代…」
- 風
- 「河川敷でやってる少年野球、『渚モールズ』ってチームなんだけど、春の公式戦、3回戦まで勝ち進んでたんだぜ。奇跡、奇跡だよ、これは」
- みどり
- 「優勝しそう?」
- 風
- 「そう。すごいだろ?……おっとー、リズム狂ってきてるよ。吐いて…吸って…」
(野球の歓声)
- 風
- 「俺、結構、味方してやってんだ。(ピュー)ってね……あーー渚大橋のとこ、君の仲間がきたぞ。彼は走り始めて一年。一人前になってきたね」
- みどり
- 「一人前か……一人前、一人前…」
(みどり、ゆったり、リズミカルな走りになってくる)
- 風
- 「草の緑がきれいだろ。この前の雨で一気にのびたんだ」
- みどり
- 「川向こうの山の木、ブロッコリーみたいよね」
- 風
- 「ブロッコリー?……なるほど。その調子、その調子、一、二、一、二……ブロッコリーね…そう言われれば、山が急にころころしてくるんだよね…(ピューン)合格!君を『エンジョイ・ウインド』クラブ会員として認めます。」
- みどり
- 「それって生意気じゃない?」
- 風
- 「……足がいい。すらりっとのびて…」
- みどり
- 「あーっ、どこ見てんのよー」
- 風
- 「ちがうよ、ちがうよ。筋肉ついたら、いい走りができるなっておもってさ」
- みどり
- 「ほんと?ホノルルマラソン夢じゃない?」
- 風
- 「いいぞ!めざせホノルル!……一、二、一、二…その調子、その調子…リラックスして…」
(風、勢いよく吹く)
- みどり
- 「完璧な女になって、あいつなんか…あいつなんか……(だんだん泣き声になっていく)」
- 風
- 「おい、どうした?」
- みどり
- 「(涙声で)…なんでもない……」
- 風
- 「………一、二、一、二……走って女になるんだろ……いい女になるんだろ…」
(渚大橋に平行にかかる鉄橋を電車が走ってくる)
- みどり
- 「…………(鼻をすすりながら)一、二、一、二…」
(トランペットのスムーズなメロディーが聞こえてくる)
- 風
- 「おう!…ペットも様になってきたぞ」
(大橋の上は四車線の道路。車が行き交う。
川から風が吹き上がってくる。
みどり、涙ふいて渚大橋を走っていく。
- 風
- 「(キュルルと急転回して)俺のなわばりここまでー。こっからは一人で走れ。……リズムだぞ。リラックスだぞー。ホノルルだぞー!」
- みどり
- 「(振り返って)明日も伴走よろしくー」
(みどり、再び前を向いて走りながら手をふる。
大橋の上でランナーとすれ違う。
橋の上を風が吹きすぎていく)