- ぼく
- 恋を実らせる最良の方法は「素直にストレートに」
それがぼくのモットー。
けれど、ホキのまっすぐなまなざしに会うと、
何故かたじろいでいた。
- ホキ
- 「日曜日、ひま?」と聞いた後、
あの人はあわてていいかえた。
「桜を見に行かない?」と。
続けて
「行こうよ」と。
- ぼく
- つづら折りの桜並木は山頂の桜公園に続く。
ホキは桜ばかり見上げて、足元を気にしない。
危ない!
ホキはつまづいてはよろけ、
思わずぼくの腕を取とる。
そのたびに、ぼくはときめいた。
- ホキ
- 揺れる花が好き。
薄紅色が好き。
見上げると青い空が透ける。
春霞みの中、目まで桜色に解けてしまいそう。
- ぼく
- 坂を登りきったところに小さな桜の園。
見下ろすと、かげろうのように揺れる高層ビル。
わきあがる街の喧噪。
桜は、もう満開。
強い風に花びらが舞う。
海の見えるところに、ぼくはホキと並んで座った。
- ホキ
- わけもなく泣きたい日がある。
わけもなく笑いたい日がある。
私の心の中には海がある。
荒れ狂う嵐の日がある。
おだやかな凪の日がある。
風を起こすのは誰?
海を波立たせるのは何?
人はどうして愛さないではいられないのだろう・・・
- ぼく
- ホキのことばは呪文のように、ぼくを包む。
いつの間にかホキの問いは、ぼくの問いになって
いた。
人はどうして愛さないではいられないのだろう・・・
- ぼく
- 下りはまっすぐ近道を降りることにした。
草が踏まれて自然にできた細い急な坂道。
ぼくはごく自然にホキの手をとった。
手のひらにすっぽり入ってしまう小さな手。
ぼくたちはだんだん無口になっていった。
- ホキ
- 手のひらを通して、私はあの人の声を聞く。
私に答えることなどできない。
黙って、あの人の背中をみながら歩いていく。
- ぼく
- 下りの中ほどにある展望台。
海を見渡せるようにはりだしてある。
風がぱったり止んだ。海は波一つない。
夕暮れの、この時だけの静けさ。
ぼくたちはずっと昔からそうしていたように
ならんで夕日を見ていた。
- ホキ
- 急な坂道は終わった。
でも、あの人は手をほどかない。
・・・どうして?・・でも・・不思議な安心感。
ホキ、これは何?
- ぼく
- 街はおぼろな月夜に包まれ、
ざわめきはもやにくぐもる。
春を告げるやわらかな夕焼け。
太陽は向かいの島の稜線を青くきわだたせた。
遠くで汽笛がなった。
- ホキ
- 汽笛がビルの間をぬって響いてくる。
手の温もりの中に
かすかだけれど、はっきり声を聞く。
私は少し驚いてあの人の顔を盗み見る。
風は終わった。
海から風が勢いよく吹きあげてくる。
桜の花びらが空に舞う。
あの人は遠くをみつめたまま、手に力をこめた。