- (N)由佳
- 学年末の試験が終わった日、
ばったり民夫と出会った。
「お茶飲もうか」
珍しく民夫がさそった。
民夫とは小学校から大学まで同じという稀にみる間柄。それ以上でも、以下でもない。まさに幼なじみそのものだった。
(喫茶店)
- 由佳
- 「試験受けなかったんだって?」
- 民夫
- 「う?うん・・・」
- (N)
- 民夫は熱いオーレをふうーふいて一口飲んだ。
- 民夫
- 「・・・ ・・・あいつしかいない・・・」
- (N)
- あいつ?民夫が『あいつ』と呼ぶ人は決まっている。美千代のことだ。
- 民夫
- 「・・この半年、ずっと・・アパートにこもってた。ギターばかり弾いていた・・・」
- (N)
- 民夫はギターを弾く。それもクラッシックギター。初めて聞かせてくれたのは高校一年の時。『禁じられた遊び』。新しい曲をマスターすると必ず弾いてくれた。民夫の弾く『アルハンブラの思い出』は、性格そのままに、震えるような繊細なトリモロが波のように繰り返された。
- 民夫
- 「・・・あいつのことばかり考えてた・・・」
- 由佳
- 「・・・だったら、どうして・・・」
- (N)
- 民夫に美千代を会わせたのは私だった。ガールフレンド一人いない民夫におせっかいをしたのだ。予想に反して、二人はすぐにステディになった。誰から見ても、さわやかで、かわいいカップルだった。なのに、民夫は半年前、美千代をふったのだ。
- 民夫
- 「俺が『別れる』って言うと、あいつは・・『悪いところがあったら謝るから、気に入らないところがあったら直すから』っていうんだぜ。他に好きな人が出来たんじゃないかなんて全然疑わない・・・・おかしいだろう?」
- 由佳
- 「ひどかったよね、民夫は。何がどうなってたかは知らないけど、そりゃ美千代、けなげだったよ。見てる方がつらくなった」
- 民夫
- 「分かってた。はらはらしてた。一人で旅行に行ったりしたろ?」
- 由佳
- 「センチメンタルジャーニーとか自分で茶化してたよ」
- 民夫
- 「・・あいつは何にでも一生懸命すぎるんだよ」
- 由佳
- 「そこがいいんじゃなかったの?民夫もわがまま言ってたじゃない」
- 民夫
- 「・・なんとなく・・なんとなくいやになったんだ・・・」
- 由佳
- 「そんなー・・・」
- (N)
- 口ではそういったけど、民夫のことばはすっと胸に落ちてきた。やっぱり・・と思った。民夫は美千代の一途な気持ちが重くなってしまったんだ。民夫は美千代の想いに負けたんだ・・・弱いんだから、民夫は・・・。
- 民夫
- 「・・・あいつは、俺の死んだ妹に似てるんだ」
- 由佳
- 「妹?民夫の?」
- 民夫
- 「二才で死んだ妹に」
- 由佳
- 「二才?覚えてるの?」
- 民夫
- 「うん、はっきり。俺は五つだった。・・そっくりなんだ」
- 由佳
- 「二才の妹と美千代が?」
- 民夫
- 「あいつにそれをいうと、『妹じゃないわ、私は』って、はじめて怒ったよ」
- (N)
- ショックだった。民夫に妹がいたというのは初耳だった。長い付き合いだもの、民夫のことなら、なんでも知ってると思っていた。私には一度も話さなかったことを、美千代とは話していたのだ。・・・・・・。
そうなんだよー、由佳ーー。恋人たちはそんな風に話をするんだよーー。
一瞬ことばがとぎれた。民夫も私も、黙って窓の外をみつめていた。
風がくるくる小さな渦をまいていた。
五才の民夫の悲しみ
二十才の民夫の想い
そっくりなのは妹と美千代ではない。・・・・
・・民夫の人を思う気持ちなんだ・・そうなんだ・・
きっと・・・
気が付くと、いつも「うん」とか「ふーん」ばかりで、ろくにものを言わない民夫が今日は一人でしゃべっていた。
- 民夫
- 「・・あいつしかいない・・そう思ったんだ・・」
- 由佳
- 「・・民夫、これって、どういうこと?民夫の気持ちを美千代に伝えてほしいっていうこと?」
- 民夫
- 「・・いや・・そういうわけじゃない。ただ、ギターをひきながらいろいろ考えてた。・・・ただ、由佳に話したくなかった」
- (N)
- 朝から晩まで、ギターを弾いている民夫。授業も、バイトもほって、ろくに食事もしないで、壁にもたれてギターを抱えている民夫。何かに憑かれたような民夫の姿を私は簡単に想像できた。
- 由佳
- 「三年になれないのね」
- 民夫
- 「・・うん・・あいつのせい・・」
- (N)
- 民夫は初めて、まっすぐ私をみた。そして笑った。
ドクン、心臓が音をたてた。
『笑顔が好き』美千代のことばを思い出していた。
- 由佳
- 「直接、美千代に話なさいよ、男らしく」
- (N)
- それが幼なじみの私が言った、民夫への精一杯のせりふだった。
私の心に小さな風が渦巻いている。
民夫との思い出を巻き込みながら渦はだんだん大きくなっている。『目をそらさないで』
二十才の私の声がする。