- 女、息を切らせて走って行く。でんしゃの発車を告げる笛の音。
- アナウンス
- まもなく最終電車が発車いたします。お乗りの方はお急ぎください。
- 女
- 急がなきゃ。乗り遅れちゃう。彼女を追い掛ける、もう一つの足音が重なる。
- 駅員
- 何言ってるんですか。切符買って乗るのが常識でしょう。
- 女
- 離してください。
- アナウンス
- 最終電車が発車いたします。
電車が発車する音。
- 駅員
- あ、電車がどんどん遠ざかる音がする。
- 女
- 今の終電よ。どうしてくれるの。
- 駅員
- だって、
- 女
- こういう時にはとりあえず乗せてくれるのが常識じゃない。
あたし、家に帰れなくなっちゃったのよ。
- 駅員
- だって、無賃乗車は、
- 女
- 誰が無賃乗車よ!人をまるで犯罪者みたいに。払わないなんて言わなかったわ。状況考えなさいよね!ボケナス!
- 駅員
- ボケナス?
- 女
- ええボケナスよ。悪い?
- 駅員
- ・・・状況判断違えたのは認めますけど、ボケナスってのは、
- 女
- ボケナスじゃない。あんたのおかげで大迷惑だわ。あんたみたいな融通のきかない人間はね、これからずっと電車に乗り遅れたままで終わるのよ。
- 駅員
- ・・・乗り遅れたのはあんたじゃないですか。
- 女
- あんたのせいじゃない。
- 駅員
- ・・・でも、絶対この電車に乗らなきゃいけないなら、切符買う余裕みて早めに出るとか、
- 女
- 人にはいろいろ事情があるのよ!何よ偉そうに!
- 駅員
- だって、
- 女
- あたし、あんたにまだ謝ってもらってないわよ。
- 駅員
- ・・・。
- 女
- 謝んなさいよ!!
- 駅員
- ・・・すみません。
- 女
- ・・・そう素直にくればいいのよ、最初から。あんたのその性格で、いろいろ損してるんじゃない。
- 駅員
- (ふてくされて)ええ。
- 女
- やっぱり。
- 駅員
- いけないと思ってるんだけど、ついつい言い訳言っちゃうんですよ。・・・ あれに乗らなかったら家に帰れないんですか?
- 女
- もう、仕方ないわよ。冷えてきたわね。
- 駅員
- ええ。タクシー拾います?
- 女
- タクシーで行き着けない場所もあるのよ。
- 駅員
- そうなんですか。すみません。
- 女
- あーあ、乗り遅れちゃったんだ。なんでも人のせいにしてるのあたしも同じかな。いらないケンカばっかり。
- 駅員
- あの、これからどうするんですか。
- 女
- どうしようかな。このホームで夜明し、なんて無理よね。
- 駅員
- 凍死しますよ。
- 女
- そうかなあ。
- 駅員
- 行くとこ・・・ないんですか。
- 女
- まあね。
- 駅員
- それなら、僕、付き合いましょうか。
- 女
- は?
- 駅員
- こうなっちやたの、僕のせいだし、せめて、あの、話し相手でもいたらって。あ、変な意味じゃないですよ。
- 女
- (吹き出して)あんた、変な人ねえ。せっかくの申し出、気持ちだけ受けとっとくわ。
- 駅員
- どうするんですか。
- 女
- 帰る。何だか、張ってた意地が溶けちゃった。
- 駅員
- え、もう帰れないんじゃ。僕のせいで、
- 女
- ううん、あなたのおかげで帰れるのよ。さっきは当たり散らしてごめんね。
- 駅員
- あの、言ってる意味が、
- 女
- あたし、さっき彼氏と大ゲンカしたの。すごくつまらないことでね。それで彼の部屋、この近くなんだけどね飛び出して来たの。終電で家に帰るって叫んでね。心のどこかじゃ馬鹿なことやってるの分かってるのに、カッカ腹が立って、止まらなくて、駅まで走ってきちゃった。
- 駅員
- そうだったんですか。
- 女
- 寒いところで引き止めてごめん。仕事の邪魔しちゃったわね。
- 駅員
- いいえ、そんなことないです。
- 女
- ちょっとだけ素直になれたみたい。あたし行くわ。
- 駅員
- あの・・・良かったですね。一緒に夜明しできなくてちょっと残念ですけど。
- 女
- 何言ってんのよ。さよなら。
- 駅員
- さよなら。お気をつけて。
- 女
- さよなら。・・・駅員さん、
- 駅員
- え、
- 女
- ありがとう。