- かな
- シンちゃん、アタシ、もう一度結婚式したいの。
- 音楽
- しんじ
- カナがそう言いだしたのは、結婚して二年ばかりたった頃だった。ボクは結婚生活にずいぶん満足していた。ボクはカナがそばにいてくれることを、喜びとし、カナを連れて人前に出かけれることが自慢だった。けれど・・カナには、いつも影があった。その影の重大さに、ボクは少し鈍感だったのかもしれない。ウエディングドレスを着てもニコリともしない花嫁の姿に、陰口を叩く来客がいたことをボクは知っていた。喜びを表現できない花嫁に、花嫁の母は泣いた。けれど、そんなことは、ボクとカナの結婚にとってたいしたことじゃない。なぜなら、ボクはカナを愛しているし、カナだって・・・
- 音楽が止む
診療所の個室
- かな
- シンちゃん、仕事忙しい?
- しんじ
- あいかわらずや。残業ばっかり。毎日ここにきてやりたいけどな。ごめんな。
- かな
- ええんよ。
- しんじ
- 面会時間、もうちょっと遅くまでやったら、毎日来れるねんけどな。
- かな
- そんなんあかんよ。会社あんねんから、そんなことしてたら、シンちゃん、体壊す。
- しんじ
- オレ、カナとずっといっしょにいたいな。ここ、せっかく個室やねんから、泊まらしてくれたらええのに。な。
- かな
- ほんまやね。シンちゃん、ご飯とか、ちゃんと食べてる?洗濯物たまってない?
- しんじ
- 大丈夫や。オレ、こう見えてもマメやから、けっこう楽しんでやってるよ。
- かな
- ほんま?ラーメンばっかり食べてない?
- しんじ
- 余計なこと心配すんなよ。今は病気を直すことが一番大事やろ。調子、どう?顔のはれ、だいぶマシになったんちゃう。
- かな
- やっぱりマシになってる?よかった。診療所のセイセが、ピークは過ぎたから、もう一息やって。今日、センセ、慰めてくれはってん。脱ステロイド、ようがんばってるって。
- しんじ
- ほんまに、カナ、ようがんばってると思うで。痒いはずやのに、最近、掻いてないやん。
- かな
- ごほうび。
- しんじ
- え?
- かな
- ご・ほ・う・び!
- しんじ
- よっしゃ。目つぶってみ。ごほうびに愛のチューしたる。
- かな
- あ、シンちゃん、安あげてる。
- しんじ
- 給料前やからな。
- かな
- (屈託なく笑う)
- しんじ
- ボクはカナのアトピー性皮膚炎がこんなにひどくなるものとは知らなかった。昨日までかゆいと言ってたのが、朝起きると、一晩で掻きむしった肌がただれ、仕事から戻ると、じくじくと汁がたたっていた。
そして強烈な痒み。寝ている間にボリボリ掻きむしる。そして目がさめると、掻きむしってしまった後悔におそわれる。毎晩その繰り返し。ボクは出来ることは進んでした。料理もしたし、皿も洗った。それでカナのアトピーがましになるのなら。でも、ボクのために家事さえ満足にできないことを苦にしたカナは極度のノイローゼに陥ってしまったのだった。ボクはすがるように、カナをある診療所に入れた。
- かな
- センセがね、なんにも心配すんなって、夜寝られへんかったら、窓をあけて風にあたたったらええって。静かにやったら、廊下を歩いてもええって。入院て、規則が堅苦しいって思ってたけど、ここは自由やから。アトピーに悪いこと以外は怒られへんの。
- しんじ
- よかったな、ここに入院できて。
- かな
- うん。アタシ、きっと今さなぎなんやわ。もうちょっと我慢したら、さなぎから蝶になって自由に空飛べるんやわ。
- しんじ
- そうや、もうちょっとや。
- かな
- 蝶になれたら、あたし、シンちゃんの肩に止まろ。
- しんじ
- ほんなら、肩に蜂蜜ぬって待っとくわ。
- かな
- うん。待ってて。
- しんじ
- オレはカナが青虫でもさなぎでも、蝶でも、愛してんで。
- かな
- 分かってるって。
シンちゃんはそういう人なのだ。分かってる。でも、アタシはシンちゃんの愛にこたえることができない。自分を愛することができない人は、人を愛することもできない。アタシは自分の肌がボロボロになっていくのが嫌で、そんな自分を人に見せるのも嫌いで、嫌な自分も嫌で・・アタシはきっと弱い人間なのだと思う。シンちゃんに甘えることしかできない。そんな自分も嫌。ダメだ、今はそんなこと考えちゃダメ。なにも考えずに、やがて飛び立つ空の青さだけを夢みて、じっとさなぎの中にいなくては。
- しんじ
- (なにか欲しいモンないか?なんか食べたいモンとか。
- かな
- ・・・・
- しんじ
- 今度、土曜日に来るから、買ってくるで。
- かな
- ・・・・
- しんじ
- 遠慮すんなって。
- かな
- アタシ、シンちゃんにお願いがある。
- しんじ
- なんや、改まって。
- かな
- アトピーがきれいになおったら、もう一度、ウエディングドレス着てもいい?今度は笑顔で着れるような気がするの。内々でいいの。でも、お父さんとお母さんにはもう一度アタシのウエディングドレス姿を見せたいの。
- しんじ
- カナ・・・
- かな
- お願い。わがままなん、分かってるけどお願い。
- しんじ
- よっしゃ。明日から倍残業しよう。せっかくやんねんから、カナが一番似合うドレス着やな。オレが結婚式代かせぐのと、カナがアトピー治すんと、競争や。働くでオレは!負けへんで!