- 登場人物
- 男 武田 20代後半
女 山田 20代後半
- 病院の待合室
音楽
- 武田
- そうか、アホでも分かるか。
- 山田
- うん、分かる。
- 武田
- で、どんな感じなん?
- 山田
- だから、アホでも分かるんよ。
- 武田
- ほんなら分からへんオレはアホ以下か。
- 山田
- (笑って)ごめん、タケちゃんは男やからね。
そうやなくて、体験したら、分かるんよ。
- 武田
- で、どんな感じやった?
- 山田
- そやから、あ、これが陣痛かって。
- 武田
- …あんな、ヤマダ、経験したことないオレに分かるように言うてくれへんか。
- 山田
- ごめん、アタシ、言葉知らんから…。
- 武田
- まあ、ええわ。陣痛って、あれちゃうん、5分か10分おきに規則正しく来るって言うよな。
- 山田
- そう、それ!
- 武田
- なに?
- 山田
- 体内時計。
- 武田
- 体内時計?
- 山田
- タイマーセットしたみたいなんよ、陣痛って。
- 武田
- ああ、なるほどな、そう言うことか。
- 山田
- そうなんよ、だから、アホでも分かるんよ。
- 武田
- アホアホて、世の中の妊婦が聞いたら、怒るんとちゃうか。
- 山田
- でも、ほんまやから。
- 武田
- ヤマダと会うのは2年ぶりだった。連日の付き合いがたたって、体調を崩し、ボクは医者にとうぶん酒を慎むように言われ、診察室を出たところで、見覚えのある顔を見つけたのだった。高校卒業後も、近くに住んでいるせいか、時折、街で偶然出逢った。いつになっても、お互いこだわりもなく話せる、そんな友達だった。
ヤマダは産後の疲れか、少しやつれていたが、あいかわらず屈託なく笑い、そしてよく喋った。
- 武田
- そんでも、よかったよな、無事生まれて。
- 山田
- でも、もうちょとで危なかってんで。
- 武田
- 危なかった! どうしたん?
- 山田
- アタシ、分娩室で生んでへんねんで。
- 武田
- 自慢してどうすんねん。
- 山田
- だって、控え室で「もう、生まれそうです」って言ってんのに、センセは「まだやな」とか言うて、看護婦さんと喋ってはってん。
- 武田
- それ、ちょお、ひどいな。
- 山田
- 看護婦さんに「まだ、いきんだらダメですよ」って言われてんけど、アタシ、いきみたかったんよ。我慢できひんの、もう、出したくて、出したくて。
- 武田
- なんか、ウンコしたい時みたいやな。
- 山田
- そう、それ!
- 武田
- うそォ!ちょっと赤んぼが可哀相とちゃうか。
- 山田
- そんでも、そな感じやってんもん。ほんで、アタシ、我慢できひんかったから、おもわず「ウ?ン!」て。
- 武田
- おいおい。
- 山田
- そしたら、旦那が「センセ、顔が頭が見えてきましたァ!」って、大声挙げて。
- 武田
- ちょっと、待って、ヤマダの旦那、ずっと出てくるかどうか、ヤマダの、その、アソコ、見張ってたん?
- 山田
- あたりまえやん。
- 武田
- キツイな?。オレやったら、よう立ち会えへんかも知れへん。
- 山田
- ウチの旦那も最初はそう言うてたよ。
- 武田
- そやろなァ…ほんで、ツルリンて、生まれてしもたん。
- 山田
- そんな簡単なわけないやん。
- 武田
- 大変やったん。
- 山田
- 当たりまえやろ。
- 武田
- どんな風に?
- 山田
- それは、自分で体験し。
- 武田
- オレ、男やから自分で産まれへんやん。
- 山田
- タケちゃんて、ほんま変わってるな、自分は男や男や言うくせに、なんで、こんな話、根掘り葉掘り聞きたがるん?
- 武田
- そやから、今後の為やんか。
- 山田
- それやったら、ぜんたい立ち会い。ウチの旦那なんか、びびってた癖に、生まれたら、涙流して感動してたで。
- 武田
- やっぱりそなモンかな。
- 山田
- そら、アタシかて女やから、旦那の気持ちがぜんぶ分かるわけやないけどさ。
- 武田
- サルでも、やっぱりかわいいんやろな。
- 山田
- サルちゃう。
- 武田
- え、サルちゃうん?
- 山田
- 子犬。
- 武田
- 犬?ハゲでくしゃくしゃとちゃうん。
- 山田
- フサフサでぷりぷり。
- 武田
- うそォ!
- 山田
- ほんま。
- 武田
- 旦那に似てるん?
- 山田
- 失礼な!
- 武田
- 冗談、冗談。そうか、サルちゃうか。
- 山田
- 産んだアタシが驚いた。
- 武田
- おもろい!
- 山田
- あ、タケちゃんの薬、できたみたいよ。427番やったっけ。
- 武田
- え?と(番号札を出して)そうやな。あ、ホンマに出来てるわ。
- 山田
- じゃ。
- 武田
- うん。
- 山田
- 一回、ウチに遊びにおいでよ。アタシ、どうせ暇にしてると思うし。
- 武田
- おう、行くわ。
- 山田
- 体、ちょっとは気付けよ。
- 武田
- …分かってる。
- 山田
- アタシが言わんでも、奥さんにいっつも言われてるか。こりゃ、失礼しました。
- 武田
- オマエ、変われへんなぁ。
- 山田
- へへ…
- 音楽
山田が去るのを見送る武田。
- 武田
- 両足を引きずるように、まるでスキー板を履いているかのように歩いてゆくヤマダ。
その姿は痛々しくもあり、また、逞しくもあり、ボクはそんな彼女の姿をどう受け止めてよいのか、分からないのだった。
たしかに、ヤマダは無事子供を産んだ自信にあふれているようだった。
けれどそれは、気負いのないさらりとした自信だった。
「母は強し」いやいや、そんなありきたりな言葉で納得してはいけない。
ボクはもう一度遠ざかるヤマダの後ろ姿を見つめた。
ヤマダの姿に、ボクの妻の姿がかさなる。
ボクは妻の出産に立ち会う時、ヤマダの旦那のように、感動して目を潤ませるのだろうか。どうも実感が湧かなかった。
そうだ、だからヤマダは言ったのだろう。
「ぜったい、立ち会え」と。