- 男
- どんな花ならいいの?
- 女
- 花びらがハラハラと散っていくようなのが好きなの。
コスモスとか。
- 男
- コスモスか。花屋に売ってるかな。
- 女
- その辺に、咲いてるわ。
- 男
- いいの? それだけで。
- 女
- 何が?
- 男
- つまり、その… 今夜の…
- 女
- ええ。
- 男
- …かわった女だ。金は要らないから花をくれだなんて。
そういえば、この部屋は花だらけだ。
壁という壁。棚という棚。
天井までも、枯れた花で一杯になっている。
命のない花。いろんな男との、愛のない交わり。
- 女
- この部屋、散らかってるでしょ。いつも、整理することばかり考えているんだけど、全然片づかないの。
- 男
- …片づかないのは、僕の方だって同じだ。
心の中の何もかもが、整理させないままの状態で散らかっている。
女に誘われるまま、中途半端な気持ちで、こんな所まで来てしまった。
- 女
- ね、その窓から、観覧車が見えるでしょ。
- 男
- 好きなの?観覧車が。
- 女
- 好きなのかな… そうね、多分、好きなのよね。
ここに住んでいるのも、窓から観覧車が見えるからよ。
子供の時は、高いところが怖かったの。もりお君って、仲良しの男の子がいてね、一度だけ一緒に遊園地へ行ったわ。
観覧車に乗ろうって誘われたけど、私、怖かったから、乗らずに待ってるって言ったの。
でも、いつまで待っても、もりお君、下りてこなかった…
- 男
- 女は、観覧車に乗ったまま、下りてこなかった幼なじみのことを話していた。
- 女
- 私、今でも待っているの、もりお君を。
- 男
- 遊園地では、カーニバルが終わりかけていた。
音楽が、とぎれとぎれに聞こえては消える。
- 女
- ほら、また、回り出した。
- 男
- ひかりの箱は、女を乗せて、空へ空へと登っていく。
別の箱には、今も、もりお君が乗っているのかもしれない。
その下の箱にいるのは、ひょっとして、僕ではないのか。
けれど、どの箱も、箱と箱は、永遠に、近づくことはないのだ。
-
- その夜は、一晩中、花の香りがして、僕を悩ませた。
女の夢の中で、枯れた花たちが、命をふきかえしていたのかもしれなかった。