- 登場人物
- 夫 たくま 20才後半
妻 みずき 20才半ば
- 都会から数十キロ離れた山間の農村
初夏
豪雨
二人の家
遠雷
- みずき
- ぜんぜん止めへんね。ゆうべからずっと降ってる。
- たくま
- 危ないな。
- みずき
- また雷落ちるかな。
- たくま
- 雨や。裏の川、増水してるやろ。
- みずき
- 稲、水に浸かったら、あかん?
- たくま
- 畑も危ないな。
- みずき
- せっかく夏野菜順調やのに。
- たくま
- カッパ。
- みずき
- どうすんの?
- たくま
- オレ、ちょっと裏の川、見てくる。
- みずき、カッパを渡して
- みずき
- すぐ帰ってきてね。
- たくま
- 土嚢(どのう)積まなあかんかも知れへん。
- みずき
- 無理せんといてね。明日も会社あるでしょう。
- たくま
- テレビのアンテナ。
- みずき
- なに?
- たくま
- 共同アンテナに雷落ちたら、また、ブラウン管とんでしまうやろ。
- みずき
- そっか。アンテナ外しとくわ。
- たくま
- ほんなら行ってくる。
- みずき
- 気ィつけてね。
- たくま、豪雨の中を出ていく地響きのような雷鳴
- みずき
- たくまの父が倒れ、急に始めることになった農業。田んぼ一面にすくすくと育った稲。ようやく実り始めたナスビやトマトやオクラ。虫退治や草むしりが報われたとホッとする間もなく襲う土砂降りの雨と雷。
自然の力に恐れおののく、都会育ちのワタシ。でも、天に祈ろう。
この雷が、稲を育ませ、秋の豊かな実りを生むことを。
- 再び、地響きのような雷
そして
秋
稲刈り機のエンジン音
- たくま
- みずき、もうちょっとここの稲、釜で刈ってくれ。ターンできひんねん。
- みずき
- え?このへん?
- たくま
- そうや。チクショウ、この稲刈り機、性能悪いんちゃうか。
- みずき
- たくまの扱い方がヘタなんよ。お隣なんか、上手いこと田んぼのコーナーで回ってはるよ。
- たくま
- そんなん言うんやったら、オマエ、やってみろよ。
- みずき
- もう、早く稲刈って、五時までに、ライスセンターへ持って行かな、乾燥してくれへんよ。
- たくま
- 分かってる。それにしても、思うように行けへんな。こんなことやったら、オヤジが元気な内に使い方教えてもろとったらよかった。
- みずき
- がんばれ、がんばれ、たくま! がんばれ、がんばれ、たくま!
- みずきの応援とエンジン音が遠ざかって
その数週間後の夜
ふたりの家
虫の声
みずきはテーブルでマンガを熱心にかいている。
フンフンとか、突然ゲラゲラ笑いだしたりしながら
風呂上がりのたくまが缶ビールを開けた
- たくま
- ふッ、美味?!久しぶりや、のんびりビール呑めるん。ふッ…好きやな。まだ描いてんのか、マンガ便り。
- みずき
- ちょっと見て。
- と描いたマンガをたくまに渡し
- たくま
- うん……… あ!
- みずき
- 面白い?
- たくま
- これ何やねん「父ちゃんパソコン買いました。有機農業実践のホームページをインターネットに開けと夢は広がりますが、アナログ人間にはセットアップに地獄の1週間」
- みずき
- 「母ちゃん、畑で草むしり。チョー苦手だった手足のない太短いモノも,指で掴んでポイ」どう?
- たくま
- どうもこうも、パソコンの前でオレの髪の毛逆立ってるやないか……そや、みずきのマンガ、ホームページに載せよか。
- みずき
- え?,こんなん載せんの?
- たくま
- 実家とか友達とかに送ったりするだけやったら、もったいないやろ。
- みずき
- そらそうやけど……そやったら、もっと本気で描かなあかんな。
- たくま
- …ちょう待てよ。これ、なんで、父ちゃんと母ちゃんになってんねん?
- みずき
- えへへ。
- たくま
- ……オマエ……
- みずき
- (オナカに)父ちゃんは鈍感やね。田んぼと畑が忙しすぎるんかな。でも、ええよね、生まれてから、思いっきり面倒かけたりね、赤ちゃん。
- たくま
- なんで早よ言わへんねん。
- みずき
- そや?、このネタもマンガにしよっと。
- たくま
- オイオイ…みずき。
- みずき
- (描いてる)なに?
- たくま
- オレ、会社辞めるわ。
- みずき
- ウソ!
- たくま
- 農業一本に絞りたい。確かに冒険かも知れへんけど、オヤジが死んでから、有機農業一年やってみて、オレ、本気でやってみたいと思ったんや。
- みずき
- (ちょっと考えて)たくまがそう決めたんやったら、ええよ。アタシも一緒に頑張るし。ご苦労様でした、会社と田んぼと、大変やったでしょ。
- たくま
- みずきも慣れへんのに、よう頑張ったな。結婚するとき、みずきの親父さんに、農業だけはさせませんて、約束したのにな。破ってもうたな。
- みずき
- そんなんええんよ。別に、アタシ、農業嫌いやないから。
- たくま
- …ほんまか?
- みずき
- ほんまよ。
- たくま
- …そうか。
- みずき
- 「ええ嫁さんやな」父ちゃん、こっそり目頭、拭う。母ちゃん、オナカに手を当てて、夏の雷、思い出す。恐ろしかった雷様が、今年も一杯お米作ってくれた。おまけに、元気な赤ちゃんも、母ちゃんしっかり授かった。めでたし、めでたし。
- たくま
- アホ…
- みずき
- 嫌や、たくま、ほんまに泣いてる。
- たくま
- アホ、ビールが苦いんや。
- みずき
- フフフ、もう一本開けよか。