- 登場人物
- アン(モデル)
俺(ショウの進行)
- (ショウの前、人のざわめき)
(ショウが始まる 音楽)
- (俺)
- 始まったぞ。舞台そで、音響、照明、楽屋、緊張がみなぎる。インカムを通して、ショウにかかわる全ての人の息遣いが鋭くなるのを感じる。
暗闇の中、ぼくのペンライトをたよりにアンがステージの中央でポーズをとる。
ライトが徐々にあがり、アン一人が浮かび上がる。
スレンダーなドレスの中のしなやかな体。
キリッとした瞳はステージの向こうの一点を凝視めている。
- アン
- 「パリに行こうと思ってるの」
- 俺
- 「パリ?」
- アン
- 「そう、決めたの。パリへ行くって」
- 俺
- 「…いつ?…」
- アン
- 「十一月。」
- 俺
- 「十一月?」
- アン
- 「そう。十一月始め」
- (俺)
- アンは出発前、ステージのそでに立ちキット口を閉じる。神経を耳に集め、リズムを体全体で受け止める。自分だけの孤独な時間。
そして、「GO!」。スタンバイをかけていた俺は手をおろし、アンを送り出す。プレッシャーをプライドに変える一瞬。
その鮮やかさに俺はいつも身震いする。
- (俺)
- リハーサル。
「シーンイメージは『うぬぼれ』」
演出家の言葉にモデルたちはざわめく。
俺にとっても緊張のシーン。このシーン、俺の選んだ曲が初めて採用されたのだ。今回、トップに抜擢されたアンの見せ場。
ラスト四十五秒、七メートル四方。
アンは少し歩いて、立ち止まって、又、歩いてみる。
みんなの視線が集まる。
- アン
- 「むずかしいよね」
- (俺)
- 進行の俺だけが耳にすることができるモデルのつぶやき。
アンと初めて仕事をしたのは一年前。
年に一度のコレクション。
客席は立ち見のでる盛況だった。
俺は緊張でのどがからからだった。
- アン
- 『初めてなの、こんな大きなコレクション』
- 俺
- 『そうなの?俺も初めて』
- アン
- 『ふふ…よかったー仲間がいて…ああ…どうしよう。ドキドキする』
- 俺
- 『大丈夫だよ、すっごくきれいだもん』
- アン
- 『ありがとう』
- (俺)
- シーンは『うぬぼれ』
ステージはルビー色に染められている。
魂を揺さぶるリズム。
胸から下へ布を巻き付けただけのような真紅のドレス。
歩くたびに布が微妙にゆれる。
肩にかけた薄い大きなストールが生き物のようにアンの体にまとわりつく。
挑戦的な瞳が客席を射貫く。
アンは四五秒のしめくくりに、ストールでゆっくり全身をかくした。
- 俺
- 「パリって…あてはあるの?」
- アン
- 「ううん……でも、今しかないって思ったの」
- 俺
- 「そうか…」
- アン
- 「世界の舞台に立ってみたいの」
- 俺
- 「うん。君なら……がんばれよ」
- アン
- 「ありがとう。一生懸命やる」
- (音楽変わる)
- (俺)
- フィナーレ。
アンは微笑む。
「舞台に立つのが楽しいの」
「うれしくてたまらないの」と。
ステージのパネルの裏で、俺はほっと息をはき、リズムに身をゆだねる
- (音楽の高まりと拍手。おつかれさん!やったねー。ブラボーの声)
- (俺)
- アンが飛び込んでくる。
興奮と喜びでほてった顔。
俺の頭にステージが浮かぶ。
俺の演出で、世界のモデルとなったアンがステージにたつ。
歓声はアンと俺へのはなむけだ。