- 畳の部屋。
和子と典夫。
- 典子
- そりゃ、そうかもしれないけど…。
- 和子
- 春には、帰って来てたんでしょう?
- 典子
- うん…でも、何かと忙しくて…この年で地元に転勤っていうのは、おそらく最後までこっちってことだろうから、色々とね…
- 和子
- おつきあいとか?
- 典子
- んー。
- 和子
- (笑)で、3ヶ月も4ヶ月もたって、いきなり来て、3年も前の返事を考え直せっていわれてもねぇ…昨日やおとといのことのようにはいかないわよ。
- 典子
- …そりゃ、そうだろうけど…
- 風が入る。風鈴の音。
- 和子
- いい風。
- 典子
- うん。
- 和子
- おばちゃんは?元気?帰ってきて喜んでるでしょ。
- 典子
- んー、挨拶に行くんならこれ持って行け、あれ持って行けってうるさくて。
- 和子
- 持ってきてもらった物だけど、水ようかん食べる?
- 典子
- いや、いいよ。
- 和子
- 麦茶は?おかわり、入れてこようか?
- 典子
- うん。
- 和子、隣の台所へ行く。ガラスコップの音。
典夫、あぐらの足を組み直す。畳の音。
和子、冷蔵庫を開ける。台所の音。
- 典子
- 八千代ちゃん、結婚したって聞いたけど。
- 和子
- んー、船乗りさんでね。
- 典子
- だんなさん?
- 和子
- そう。(笑)船乗りさんのところに行くなんて、ちょっと反対だったけど。だってね、家の中には、お姑さんと、血のつながらない子供が二人、肝心のだんなさんは、何ヶ月も海の上なんて、(笑)それって、体のいいお手伝いさんみたなものじゃないの!って言ってやったの。
- 典子
- あいかわらず、はっきりしてるなぁ。
- 和子、麦茶を持ってくる。
- 和子
- でもね、やっちゃん、「いいの」って言って、行っちゃったわ。(笑)どうやら、うまくやってるみたいだし…あれでよかったのねぇ。
- 典子
- そうか、やっちゃん、結婚したんだ。
- 和子
- 妹が片付いたからっていって、行き遅れの姉がほいほい結婚するわけにはいきませんからね。
- 典子
- いや、…。
- 典夫、麦茶を飲み干す。立ち上がる。畳の音。
- 典子
- さて、帰るよ。
- 和子
- え、帰るの?
- 典子
- うん、また、来る。スイカも持っていけっていわれてたの忘れてきたから。
- 和子
- …わざわざ、いいのに。
- 典子
- うん、また、来る。
- 和子
- …うん。
- 半月ほど後の日。
玄関先に、典夫。
和子、買い物から帰ってる。自転車の音
- 和子
- あれ!来るってゆってくれたら居たのに。
- 典子
- いやー、散歩のついでだから。
- 和子
- …この頃は、ちょっと涼しくなったね。
- 典子
- うん。
- 和子
- あがって!
- 典子
- いや、すぐ帰るから。これ…。
- 和子
- あ、もどりがつお。おばちゃんが?
- 典子
- うん、作りすぎたからって。
- 和子
- (笑)おばちゃんたら…。
- 典子
- え?
- 和子
- ううん、お礼言っといて。
- 典子
- んー。
- 和子
- あ、ちょっと待ってて!この間のタッパー返さないと。
- 典子
- またでいいよ。
- 和子
- うん、すぐとってる。
- 典子
- いや。
- 和子
- え?
- 典子
- これを。
- 和子
- …指輪?
- 典子
- 箱はちょっとくたびれてるけど…3年も前のやつだから。
- 和子
- …うん、覚えてる。
- 典子
- 中味はちゃんとしてると思うよ。いらなかったら…。
- 和子
- ねぇ、前も、ちょっと聞きたかったんだけど…。
- 典子
- 何?
- 和子
- 私の指輪のサイズ、なんでわかったの?
- 典子
- うん(笑)八千代ちゃんに聞いたんだ。
- 和子
- ああ、そうだったんだ。(笑)…それにしても(笑)
- 典子
- 何?
- 和子
- まさか、玄関先で煮魚と一緒にもらえるものとはおもってなかったわ。(笑)
- 典子
- …じゃあ…
- 和子
- (笑)今度、やっちゃんに言ってやろ。
- 典夫、ちょっと照れ笑いをする。
和子、指輪の箱と、煮魚と買い物袋を持って、家へ入り、空のタッパーを持って出てくる。
典夫、タッパーを受け取り、家路につく。母親に何といったものか考える。
和子、居間にすわり、箱を開け、3年前には、受け取らなかったその指輪を、薬指にはめてみる。立ち上がり、鏡台のある部屋へ行き、鏡に映して見る。笑ってみる。