- 男(N)
- あれは、りりーが帰ってきた日のことだった。
その日、僕は図書館へ行って目当ての本を捜していた。
古い図書館の本の分類はめちゃくちゃで、何かどこにある のか、さっぱりわからなかった。
- 女
- さがしもの?
- 男(N)
- 突然、後ろから声をかけられて振り向くと、黄色いワンピースを着た女の子が、木の枝に腰掛けていた。僕はめんくらってしまった。
なんでこんな所に木がたっているんだろう。
- 男
- そんな所で何してるの?
- 女
- やだ、本を読んでるのにきまってるでしょ。
ここは、図書館よ。
- 男
- だって、危ないじゃないか。
- 女
- シーッ! 大声をだしちゃだめ。
- 男(N)
- 僕はあたりを見回して納得した。
大きな木、小さな木、どの木の上にも誰かがいる。
一人づつ、居心地のいい木を見つけて静かに、本を読んでいるのだ。
ここはひんやりとしていて気持ちがいい。
- 男
- へえ。僕も木にのぼってみたいな。
- 女
- だーめ。まず、本をみつけなくちゃ。
- 男
- みつからないんだよ。
- 女
- 何の本?
- 男
- 鳥の本なんだ。
- 女
- 鳥が好きなの。
- 男
- うん。
- 女
- ねえ、こんな話知ってる?鳥を追いかけて、森の奥へ奥へと誘いこまれていった人の話なんだけど、その人が帰ってきた時にはね、世の中がすっかり見慣れないものに変わっていたんですって。
つまり、鳥の声を聞いているうちに、何百年もの月日が流れていったってわけなの。
- 男
- その人、鳥を連れて帰ったのかな。
- 女
- さあ。
- 男
- 僕も捜してるんだよ。
- 女
- 鳥を?
- 男
- うん。りりーってカナリア。鳥かごから飛び出して、もう半年も帰ってこないんだ。
- 女
- 南へいったのよ。
- 男
- …え?
- 女
- でも、もえ帰ってきたわ。ちょっと寄り道してるの。
友達に会うためにね。
- 男
- …
- 女
- ここに友達がたくさんいるのよ。たとえば、ほら、あのすずかけの枝に止まって物思いに耽っているのは、心中未遂のマダムの飼っていた伝書鳩よ。言づけをする相手が死んじゃったんで、仕事がなくなってしまったんだわ。
- 男
- なんだって?
- 女
- それからね、あそこのくすの木に止まって昼寝をしているのは、サーカスの団長さんが飼っていたふくろうよ。歳をとって、芸が出来なくなったので、置いていかれたのね。
- 男
- そんな、うそだろ。
- 女
- あなた、りりーに、いっぱい内緒話を聞かせたでしょ。からだじゅう、内緒話でいっぱいになったから、ちょっと、南の島まで捨てにいって来たのよ。
- 男(N)
- まばたきする間に、女の子は消えていた。
たしか、ここは図書館で、僕は鳥の本を捜していて…。
すずかけの木のあった場所には女の人が、くすの木のあった場所には男の人がいて、本を読んでいた。
静かな昼下がり。古い図書館の本棚に耳を寄せると、鳥の声がした。