- 女
- …裏切り者。
- 声を殺して、それだけ言うと女は電話をきり、鳴咽した。
重なって。
- 女
- ほんとは大声で叫んでやりたかった。裏切り者!アンタなんか、
こっちから願い下げよ!
…そう出来なかった自分が悲しかった。
今度の失恋は尾をひきそう。
- 音楽
そして、翌朝。
- 女
- 服を来たまま寝てしまったらしい。店に出なければ…
きっとアタシは最悪の顔をしている。
それが恐くて、珍しく丁寧に化粧をした。
- 高架下の真珠のオリジナルジュエリーショップ
- 客
- あ、あの…ここ、オリジナルで作ってもらえるんですか。
- 女
- ええ。真珠だけですけど、お客さまのご要望に応じて作らせていただいています。
- 客
- あなたが作るんですか?
- 女
- ええ。ごらんの通り、ちっぽけな店ですから。
私が作って、自分で売っているんです。
- 客
- 明日までに出来ますか。
- 女
- もちろん。どういったものを作りましょう。
彼女へのプレゼントですか?
- 客
- 誕生日なんです。それもただの誕生日なんじゃなくて、特別なんです。
- 女
- 特別?
- 客
- ええ。で、いろいろ考えたんだけど、彼女、
きっと真珠が似合うと思って。
- 女
- 素敵ですね。
- 電車が通りすぎる。
- 女
- 嘘だった。こんな冴えない男の彼女だ、きっとダサい女に違いない。
ま、仕事だから。醒めた気持ちで、男の話を聞いた。
- 男
- ほんと言うと、デパートとかで買うと、いろんな物があって、
なんかその迫力に圧倒されて、どれを選んだらいいのか分かんなくなるんです。
ずるいかもしれないけど、ここだったら、彼女にぴったりの物を
作って貰えるんじゃないかと思って。
- 女
- はにかみながら、そう言うと男は去った。手元には、男が置いていった
彼女の写真が残った。この予算じゃ、厳しいよな。それに彼女に
どんなものが似合うかぐらい、しっかりイメージ持てよ。
情けない奴だ。
その日は他に客もなく、夕食後、仕事にとりかかった。
- T.V番組が短く流れ、スイッチが切られる。
- 女
- 集中出来なかった。彼との楽しかった思い出ばかりが蘇る。
あんな男と思いながら、追憶にひたる自分が苛立たしかった。
- 今朝の回想
- 客
- 僕は彼女の耳が好きなんです。福耳とか、そう言うんじゃなくて
小さくて、透き通るように白くて、柔らかくて。
- 女
- じゃあ、ピアスにしましょう。
- 客
- えー耳に穴を空けるんですか。
- 女
- (軽く笑って)分かりました。イヤリングタイプにしましょう。
- 客
- あの、明日の朝一番に来ます。出勤前しか時間がなくて。
- 再び、女の仕事部屋。深夜。
- 女
- 誠実な男の言葉が蘇った。真珠の光沢に寄せる人の想い。
私はそれをコーディネイトするのが仕事なのだ。待てよ、彼は、特別の日なんだと言っていた。普通の誕生日じゃないのかもしれない。ひょっとしたら、彼は彼女にプロポーズするのつもりだろうか。少ないお給料から、無理して彼女に宝石を贈りたい。
それもダイヤモンドじゃなくて、真珠を。
彼の選択がうれしかった。勿論、こんなことは私の勝手な想像だった。
けれど、想像力がなければ、素敵なジュエリーデザインは生まれて来ない。
私は集中した。スタンドの光に手をかざして、形を思い浮かべる。ふっくらした頬とおちょぼ口の女の子。写真では肩まで髪を下ろしているけど髪をアップにして、彼が想いを寄せる可愛らしい耳を見せる。
そこには控えめな真珠の輝きこそ似つかわしい。
- 女の想いが高まるにつれて音楽
そして朝。
- 女
- 真珠のイヤリングは、全部で8つ出来た。勿論、買ってもらえるのは1つだけ。
私ってなんて馬鹿なんだろう。こんなことしてたら、商売にならない。
でも、不思議とすがすがしかった。
徹夜で目の下に隈が出来ている。
でも、今朝は化粧をするのをやめよう。控えめにルージュをひいて、店に向かった。
- 高架下のアクセサリーショップ。
- 女
- さあ、どれが彼女に一番似合うか、選んで下さい。
- 男
- えー困ったな。いやー分からないなぁー。
- 女
- プロポーズするんでしょ。
- 男
- え、どうして分かるんですか。
- 女
- 女の勘かな。さあ、勇気をもって、あなたが一番いいと思うものを選んで下さい。
私は一生懸命作りました。どれを選んで貰っても私は嬉しいんです。
- 男
- でも、みんな素敵で…見れば見るほど分からないや。
- 女
- 彼女の耳を想い浮かべて。集中すれば、きっとただ一つのものが見えてくるわ。
- 男はじっと8つのイヤリングを見つめる。
- 男
- (自信なさそうに)これかな。
- 女
- (にっこりして)きっと似合いますよ。
- 男
- そ、そうですか。
- 女
- だって、あなたが選んだんたもの。彼女もきっと気にいるわ。
私だったら、嬉しくて、プロポーズにすぐOKしちゃうな。
- 男
- そ、そうですか。そうだといいんだけどな。
- 女
- もっと、自信持たなきゃ。
- 男
- あの、今日はお化粧してませんね。
- 女
- え?
- 男
- 昨日とぜんぜん違う。
- 女
- 目の下に隈が出来てるでしょう。ほんとは、ファンデーションぐらい塗ったほうがいいんだけど。
- 男
- しないほうがいいですよ。昨日は、なんだか怖かったもんな。
今日は、素敵です。あなたらしい。
- 女
- そう。よかった。
- 男
- あ、そろそろ行かなきゃ。ほんとにどうもありがとう。
- 女
- 今度は彼女と一緒に来てください。結婚式のために。
- 男
- 是非。
- 音楽
- 女
- 救われた。
お礼をいいたいのは私のほう。
残った7つのイヤリング。
そうだ、これは私のために取っておこう。
がんばった私へのご褒美として。
華やかに着飾る
明日の私のために。