都市近郊の小学校。放課後の教室。
ひとりの大学生風の男が、片隅にすわっている。
いそいで、廊下をかけて来た女が教室のドアをあける。
先生
「あ、どうも。」
「あ。」(と、立ち上がる)
先生
「担任の吉沢です。」
「間宮です。…あの…妹が…お世話になって…」
先生
「いいえ、どうぞ…おかけ下さい。」
「はい。」(と、すわる)
先生
「お待ちになったでしょう。」(と、すわる)
「いえ。」
先生
「さっき、学校に連絡入れたら、お兄さんがみえてるって聞いて。」
「そうですか。…何だか、妹が迷惑かけちゃったみたいで…。」
先生
「私の不注意でこんなことになってしまって。」
「でも、急にいなくなったんでしょう。仕方ないですよ。
…。何か、あったんでしょうか。学校で。」
先生
「いや…、それがわからないんです。
朝のホームルームのときは元気な様子だったし…。」
「そうですか…。…じゃ、今も、さがしに行って来られたんですか?」
先生
「ええ、このへんだけでもと思いまして…」
「そうですか…。すいません、本当に…。」
先生
「それで、明子さんは…」
「はい?」
先生
「見つかったんですよね?」
「え、そうなんですか?」
先生
「え?…じゃ、会ってないんですか?明子さんと」」
「ええ、…」
先生
「え?あ、そうなんですか?…てっきり、私、お兄さんが見えてるって聞いて、
居場所がわかったんだと…。」
「あ、すいません。」
先生
「あ、いえ、そんな、私もちゃんと確かめなかったから…。」
「大学の寮に電話があって、直接こちらに来たものですから…」
先生
「そうですよね。」
… 間。
「…私があとは、探します。」
先生
「いえ、…私にも責任があるんです。学校でお預かりしてるんですから。」
「…はあ…」
先生
「3時間目の終わりなんです…。クラスの生徒たちが、間宮さんがいないって知らせに来て、学校中さがしたんですけど、どこにもいなくって…。」
「そうですか…」
先生
「そんな、何にも言わずに出ていっちゃう生徒じゃないし、ただ…、今年の春に、お母さんが亡くなられて、ご親戚の家に預けられる事になったっていうことは聞いてたから、その事がやっぱりあって…。
明子さん…、ほら、いつもおしゃべりで元気があるから…。
どっかで無理してたのかな…。
それで、こんなことしたのかも…。
やっぱり、お母さんのことがあるんでしょうか…。」
「はあ…。それは、ちよっとは、あるかも知れませんね。
しかし、私たちも、覚悟はしてたことだったから…。」
先生
「覚悟って…、まだ、六年生ですよ。」
「もう、六年生ですよ…。」
… 間
「そういえば…。この前、久々に明子とあったら、先生の話をしてました。
…吉沢先生と百葉箱をそうじしたって…。」
先生
「ああ、そうですか…。間宮さん…美化委員だから…。」
「…明子、…先生のこと好きみたいですよ」
先生
「え?…ああ…そうですか…。」
… キーン コーン カーン コーン と、下校のチャイムが鳴る。
先生
「本当、どこ行っちゃったのかしら…」
… 間。
「明子は、電車に乗ってるんだと思うんです。」
先生
「電車に?」
「ええ。」
先生
「…。」
「去年の夏だったか、母が、まだ、生きてた頃、病院の屋上で私たちに話をしたことがあるんです。母が、まだ、小学校の六年生だったときに、電車に乗って一日中、街を走りまわったことがあるって…。みんなが学校に行ってるときに、自分だけそんなことをしてるのが、とても新鮮で、窓の外の街の風景がとてもまぶしかったって…。それが、母にとっての最初の家出だったそうです。」
先生
「…明子さん、それを聞いたから…。」
「でも…。真剣に聞いてたかどうか分かりませんよ。」
… 夕暮れの街の雑踏が聞こえてくる。
「ただ、ときどき妹の顔に母の面影がよぎるとき、母がながい、ながい、家出から戻ってきたような、そんな気がすることがあるんてす。」
… 夕暮れの教室。…遠くで、街を周回する電車の音。