- 耕平
- 次の角を曲がれば陽子の家はすぐだ。
「陽子さんと結婚します。許して下さい。」
いや、許してじゃないよな。許されなかったら、
耕平、お前は陽子をあきらめるのか?
「おれたち結婚します。いいでしょうか」
何いってんだよ、いいに決まってるだろう!
おれはいろいろとつぶやいてみたが
申込の言葉に決定打はない。
角を曲がる前に大きく深呼吸し、
「ようし!」自分に声をかけた。
- 陽子
- もう、まいった、まいった。
何をそんなに格好つけるのっていいたくなる位の
バタバタぶり。
念入りに掃除をして、玄関口には打ち水なんか
しちゃって…
「シャンパン用意しておきましたよ」
母さんは一人はりきっている。
父さんは迷ったあげくのはて、明るいブルーの
シャツを着た。
- 耕平
- 進められるままにビールを飲み、ウイスキーを飲んだ。
陽子のお父さんは、一時も黙ることなく
しゃべりまくっている。
酔いがまわってきた。
陽子がおれをにらんでいる。
- 陽子
- 時計は十時をとっくにまわっている。
耕平も父さんもいい気なもんだわ。
もう知らないから。
- 耕平
- 「耕平さん、そろそろ帰らなきゃ…」
お母さんが時計をみながら言った。
おれはその言葉にはじかれたように正座した。
「陽子さんを下さい。お願いします」
大声で言った。
- 陽子
- 「日曜日、耕平が来るよ」って
言ったときから分かってたはずなのに、
父さんは思いもかけないことを聞いたように
目をまるくした。
一瞬の緊張のあと、母さんがそそくさとたって、
シャンパンをとってきた。
シュワシュワ シュワシュワ
シャンパンは祝いの音をたてた。
- 耕平
- お父さんはどうして返事をくれなかったんだ?…
「よろしく頼む」とか「ふつつかな娘だが」とか
なんとかいってほしかったよな。
…でも、シャンパンをあけたということは、
OKってことだよなぁ。
今夜の会話を追ってみるが、
頭はとっくに溶けてしまっていた。
垣根のそばを通ると、バラの甘い香りがした。
- 陽子
- シャンパンを飲み干した。ドラマのような感じは
ないけれど、それでもうれしかった。
でも、「下さい」は嫌いよっていったのに…
これだけは言っておくわ、耕平。
もらわれていくんじゃないからね!
- 耕平
- 結局明快なOKの返事はなかった。
でも、あれから1ヶ月たって、お父さんの言った言葉。
「耕平君、将来、君らに何かあった時には、たとえ陽子が
悪くても、…陽子の方が悪くてもだ、一方的に君を
責めるからな」
…
陽子、幸せになろな。
- 陽子
- あれから父さんは不機嫌だ。
「すねてるだけよ」
母さんはそういうけど、
「おめでとう」のことば位あってもいいでしょ。
いいわよ、父さんがOKくれなくったって。
自分で決める。耕平と結婚する。
- 耕平
- 婚約発表はみんなに一斉に知らせたくて
二人の写真を入れて、ハガキを出すことにした。
- 陽子
- 須磨の海岸。
うれしそうな顔、何をいって笑ったんだろう。
耕平も私もいい笑顔してる。