- 男
- えーと、味噌ラーメンで、600円いただきます。 はい、ちょうど。
- レジを打つ
- 男
- ありがとうございました。
- 客が引き戸をしめた
男はどんぶりを下げて、洗う。
- 男
- 店長、どうしはったんですか?
- 女
- …
- 男
- そんなきつい顔してたらお嫁にいけませんよ。
- 女
- (キッとにらむ)
- 男
- あ、すんません。そや、葱がたれへんから切っとこ。
- 葱を刻む男。
- 女
- さっきウチのお父さんや。
- 男
- へ?
- 女
- ウチ、最近、顔みせてへんから。
- 男
- はぁ…
- 女
- ウチがどんな店で働いているんか、見にきはったんや。
- 男
- そうやったんですか。
- 女
- ウチな、ずっとお父さんのこと嫌いやってん。 20歳で家出したんも、そのせいやし…。 手止まってんで。
- 男
- あ、はい。(と再び、葱を刻む)
- 女
- アンタ、来年、就職やろ。
- 男
- ええ。
- 女
- 社長に、社員にしてくれて、頼んでんねんて。
- 男
- 今、就職、きついでしょ。僕の大学なんか 普通の会社では相手にされへんし。
- 女
- アンタ、本気で飲食やっていこうと思てんのか。
- 男
- ここの店、バイトで入ってみて、面白いなて、思たんです。 がんばったら、その分給料も出るし、やりがいがあるなぁ、て。
- 女
- 止めとき。アンタ、この仕事向けへん。
- 男
- えー、そんなん言わんといて下さいよ。
- 女
- ウチ、18から10年この仕事や。色んな店で働いてきたし。 他に出来ることもなかった。 そやから、この仕事に向く人間かどうかはわかる。
- 男
- ボクのどごがあかんのですか。はっきり言うて下さい。
- 女
- 人を見てない。
- 男
- 見てますよ!
- 女
- アンタ、人間て面白いと思うか。
- 男
- …
- 女
- アンタ、女の子のこと死ぬほど好きになったことあるか。
- 男
- …
- 女
- ウチ、死ぬほど惚れた男の腕、千切って持ってたいと思たで。 誰にも渡したくない、これはウチのモンやて…ソイツ、あっさり 他の女に走りよったけど。
- 男
- 分かりますけど、それと仕事と話が違うやないですか。
- 女
- 人間てわがままやねん。ウチは自分のこと知ってるから、 人のこともわかる。アンタはやさしすぎる。人のえぐいとこ知らん。 汚いとこ見てない。そんなヤツは人のホントのあったかさも分からんやろ。 悪いこと言わへん、他の仕事探し。
- 男
- そら、ボクかて、もっとピリッとした男になりたいと思てるんです。 そやけど、未だ若いし、店長に比べたら経験も少ないし。謙虚に 生きなあかんなと思てるんです。…店長、今朝、目腫らして 来はりましたよね。
- 女
- …そやから、徹夜でビデオ見たんや。
- 男
- そう店長が言いはったら、「何見はったんですか」て、ボクらヘラヘラ してるしかないやないですか。
- 女
- ナマ言うんは、10年早いで。
- 男
- 地震の時、一緒に逃げたんやないですか。バイクの後ろでボクにしかみついている 店長がなんや、可愛らしいて、ボク、店長を守ってるような気が したんです。決心したんは、それからです。 この店で、店長について行けたらええなって。
- 女
- アンタ、男やろ。男やったら、女のウチなんか、追い越したる、 ぐらいの根性ないんか。
- 男
- …
- 引き戸が開く。
- 女
- いらっしゃいませ。(男に)お客さんやで。
- 男
- いらっしゃいませ。何しましょ。
- 湯が煮えたぎる。
- 女
- (独白)煮えたぎる湯の中で、麺を躍らせること二分。 湯気にほのかな甘さが交じる ワタシのプライドが麺の端を摘み ワタシの勇気が水を切る スープを波立たせぬよう麺を滑らせる愛 葱をちりばめ、カウンターに丼をトン やがて 割り箸が弾かれ ズズッと麺が啜られる瞬間(とき) ワタシの幸福