第195話 (99/12/24 ON AIR)
『犬を捨てる。』 作:角 ひろみ


登場人物
フジワラ(犬)



バイクがやってきて止まる。
クラクションが数回鳴る。
エンジンはかかったままだ。
やかましわ。(ハイツの2階ベランダから)
オマエなー、呼び出しといて何やその言いぐさ。
すぐ行く。来いフジワラ!来いって。
ハイツの2階ベランダで紙袋がガサガサ鳴る音がモーレツにする。
階下でバイクのアイドリング音が暇つぶしに歌っている。
紙袋の音が少しで静まる。
おーよしよし、ええ子やええ子や。
女、ドアを閉め鍵をかけて、鉄階段を降りてくる。
犬のフジワラを紙袋に入れて抱いている。
ごめんごめん。
ま、ええけど。アイツおらんの?家。
おらん、仕事。
なんでこんな遅ぅまで。
年末やしな。
クリスマスやっちゅーのに残業か。ツライのうアイツも。
ツライんはアタシや。
お、ほんでオレ呼びだしたんか。寂しさに負けたか。
そんなんとちゃう。ヒマやろ、どうせ。
ヒマちゃうわ!
もうええから。それよりどしたん、ニューマシンやん。
まぁね。カッコええやろ。
ん。でもちょっとイマドキぶってイキってる。
うっさい。アメリカンやぞ。高いねんぞ。
前の原チャリは?
ほった。
……ふうん……。メット。
ほい。
男、女にメットを渡す。
カゴに乗せようと思ってたのになァ、フジワラ。
ほかしてもうたんかぁ、

原チャリ。
しゃーないやん抱いて乗れや。
ん。よいしょ。
女、紙袋のフジワラを抱いて、バイクの後ろに乗る。
で、どこ捨てんの。
どこにしよ。
オマエなー、
アンタが好きなとこでええわ。
関係ないやろ、俺は。俺の意志は。
じゃ浜の方行ってみよか。
ま、ええけど。
男、エンジンを一度大きくふかすと、走り始める。
エンジン音と向かい風の音がずっとしている。
ええんか、そんな近くで。
何て?聞こえへん。(以降大きな声で)
そんな近くやったら、フジワラ自力で帰ってくるんちゃうか。
浜なんか10分で行けてまうぞ。
大丈夫やって。ベランダ犬やもん。
へ。
ベランダ犬やからな、ずっとベランダで飼ってるから、うちのベランダから
見える範囲しか知らんねん、フジワラは。な。
ふうん、そっか……。
オマエ、アイツに言ってないんやろ。フジワラ捨てること。
知らんねやろ、アイツ。
なんでバレたんかな。
バレるっちゅうねん、俺に頼むって時点で。
そやな。秘密にしといてよ。知らん間に逃げていなくなったこと。
……うんとは言えん。
だってさー、狭いねんもん。
私とアイツ2人だけでもあの家じゃ狭すぎんのに
フジワラまでいるとさ。
言っとくけど、俺はホンマに関係ないからな。ただのアシやからな。
わかってるって、秘密にしとく。
わかってない、オマエには男のキモチが全然。
なんかアイツに申し訳ないわ、オレ。

男同士の友情裏切ってるカンジ。
気にすんな。
……冷血動物や、オマエは。
だって、私犬嫌いやねんもん。ホンマは。
そのことだけちゃうわ。
間。
それに紙袋はないやろ紙袋は。
だって。
いくらなんでもフジワラがかわいそうや。
紙袋入れられて、バンダナで目隠しされて。
なぁ、フジワラ。
だってさ……景色見えたら覚えて帰ってくるかもしれんし……。
な、犬ってバイクに乗せるとき1人分に数えんの?
んなわけないやろ。
そうかな、だって赤ちゃん抱いて後ろ乗ったら定員オーバーやろ。
フジワラは赤ちゃんよりちょいデカイで。ほんでも犬やったらOKなん?
ほなもしセントバーナード抱いて乗っても大丈夫なわけ?
言われてみればそやなぁ。
おかしいやん。
おかしいよなぁ。
だからさ、紙袋に入れてみてん。
荷物ってことにしとこうと思って。
ふうん……。
……吠えへんな、フジワラ。
ベランダ犬やもん。吠えんようにしつけてある。
わかっとんちゃうか、捨てられること。
だから、「哀しくて声もでない」
わかるはずないよ、アホ犬やもん。
お手も覚えられへんねんで。

アイツ四六時中教えとったのに。
でも聞いてるんちゃうか、オレらの会話。浜行くってことも。
わかるわけないって。な、フジワラ。
え、ここ曲がるっけ、浜行く道。
遠回りしよ!
カーブした後スピードがあがる。
な、何でフジワラなん?
フジワラノリカのフジワラ。アイツがつけてん。好きなんやて。
なるほどね。
趣味悪いや(ろ)、あ!!落ちた、ぞうり、止まって、落とした、
止まって!
男、ブレーキをかけて止まる。
ぞうりなんかはいてきたんか!
アイツのん、玄関にあったやつ、急いでたからさ。
女、バイクを降りようとしたとき、
フジワラ ワン!
と吠えた。
あ、フジワラ!!
フジワラが女の手からはなれた。
大きな車が通る。
女・男 危ない!
フジワラ、交差点に落ちているぞうりをくわえる。
……わ。ぞうり。拾ってる。
やるやん。目隠しのままやで。やるなー。
うそみたい。
臭いでわかんねやろ。足の。犬やなやっぱし。ははは。
フジワラ、女の元に戻ってきた。
フジワラ ワン。
と鳴いた。
吠えたやん。
よしよし……。
ありがとう言え。
……ありがとう。
男、アイドリングしながら、
どうすんねん。
ん。
行くんか、浜。
アンタはどう思う?
知らん、オレは。
……やめとく。……帰ろ。戻って。
勝手やなオマエは。ま、ええけど。乗れや早よ。
うん。
男、再びエンジンをふかし、バイクを走らせ、角を曲がって、
来た道を戻る。
オマエさ、フジワラにやいてんのちゃうんか。
アイツがフジワラかわいがるからやいてんねやろ。
フジワラがおらんかったら「アイツはアタシのこともっと愛してくれる」
とか思ったんとちゃうんかー?
……アンタにはわからんよ。アタシとアイツのことやもん。
オレらみたいなんが一番ようわかってんねんよな、な、フジワラ。
間。
吠えろよォ、フジワラー!
フジワラ、吠えない。
もうええやん、わかってるから
何を!
わかってるの!全部。
……ゴメン。(エンジン音にかき消されるくらいの小さな声)
そーかー。
さ、急げ、スピードアップ!
よっしゃ。
エンジンの音が上がる。
おう、なんか歌え!
は?
サンタの歌かなんか景気良く歌え!
♪まっ赤なお鼻のートナカイさーんはー
男・女 ♪いつーもみーんなのーわーらーいーもーのー
男◎ ♪でもーその年のークリスマスの日ー
サンタのおじーさんはー言いーましたー
女◎ お尻痛い。このバイク。前の原チャリの方が好きやったな、私。
似合ってたのに、アンタに。
もう捨ててもうたもんはしゃあない。
そやな。
そや。
バイクの音と歌の続きが遠ざかっていく……。
男・女 ♪くーらーいー夜道はーピカピカのーお前の鼻がー役に立つのさー
終わり。