X'mas Special (99/12/23 ON AIR)
『雨の日のタクシードライバー』 作:四夜原 茂



雨の音。繁華街。夜。車が数台通りすぎる。
誰かがタクシーを止めた。
ドアの開く音。
あーあ、雨になるなんて。
うん。
運転手 閉めますよ。
はい。
ドアの閉まる音
運転手 どちらまで?
新大阪と新神戸じゃ、どっちが近いかな。
運転手 そうですねぇ。新大阪が少し近いですかね。
じゃ、新大阪。
運転手 はい。
車、走り出す。ワイパーの音、小さく。
雪になればよかったのに。
ああ。そうだねぇ……運転手さん、
最終の新幹線9時すぎだと思うんだけど

間に合うかな?
運転手 えーと、東京ですか?
ええ。
運転手 普通の日なら間に合うんだけど、今日はどうかなぁ。
雨だと渋滞してる?
運転手 ええ、それに今日は若い人、みんな車で出かけてるから…。
いいじゃないの。泊まっていけば?
そういうわけにはいかないんだよ。明日、仕事だし。
始発の新幹線で帰れば間に合うんじゃないの?
朝6時だろ?オレ朝弱いからダメだよ。
ふうん。明日、土曜日なのに。
会議があるんだよ。仕方ないだろ?
まあ……仕方ないわよね。仕事なんだから。
今度、正月にまた会おうよ。
うん。……でも、今日のお店は、はずれだったわね。
ああ、あんなにたくさん客が来るとは知らなかったよ。
カップルばっかりだし、私達が店を出る時にまだ
10人くらい待ってたでしょ。
雑誌か何かに紹介されちゃったんじゃないかな。
僕が昔、行ってた時は、あんなじゃなかったけどなぁ。
みんなティファニーの紙パック持ったりして、ちょっと
遅れてるわよねぇ。
うん。
金太郎アメみたい。
金太郎アメ?
どこで切っても金太郎アメ。知らない?
なに、それ?
知らないんならいいわ。
そのアメ、おいしいの?
アハハハハ…。
運転手 あれはあんまりうまくないですよ。
そうでしょうねぇ。私、食べたことないけど
、あんまりおいしそうじゃないわね。
運転手 妙に甘いし、あの赤い色。
着色料とか、いっぱい使ってるんでしょう。体に
悪そうですよ。
………あれ………こんな所から…。
渋滞?
運転手 ええ。まずいなあ、こんな所から混んでるようじゃ。
この先、全然動いて
ないんだろうなぁ。
間に合わないかな?困ったなぁ。
運転手 ちょと回り道になるけど、ぬけ道、行ってみましょうか?
ええ、お願いします。
運転手 これかな?たしか、これを左に入って…。
ウィンカーのカチカチいう音。
うわー、すごい細い道。
運転手 みんなで同じ道、走ったら、そりゃ渋滞しちゃって
大変なんですよね。
細く
てもいいからいろんな道を走った方がいい時もあります。
ふうん。いいこと言うじゃないの、運転手さん。
運転手 あ。そうですか?
なんか私達みたいじゃない?
どういうこと?
みんなと同じことしないで、細い道をえらんで走ってる。
そうかなぁ。
そうよ。おかげで大変な事も多いけどね。
まあ、大変な事は多いよなぁ。まずお金だろ?
それから時間のやりくりとか…。
運転手 あらららら…。
ブレーキ
ドサリとカバンが床に落ちる。
どうしたの?
運転手 すみません。ここ行き止まりでした。
ああ、ほんとだ。
運転手 いや、だいじょうぶです。一本まちがえて入っただけです。
ちょっとバック
して入りなおせば、あとは、ビューッと新大阪に
着いちゃいますから。
ビューっとね…。
車、バックする。
運転手 すみませんでした。カバン落ちましたか?
ああ。だいじょうぶです。
あれ?なにかしらこれ…。
プレゼント用のリボンがついてる…ティファニーの。
あ。
あ。
あ。それは、あの…。
アハハハ…。なんだ、そういうことだったの、アハハハ…。
あ。…ハハハ…。
きっとあなた、さっきのレストランで出しそびれたんでしょ。
回りのカップル達
とおんなじものとり出すのがはずかしくて。
まあ、…ね。
でも、ずるいわよ。今年は、そういうことやめようって、
決めたじゃないの。
交換するプレゼントをやめて、あなたの交通費にしようって。
ああ。そうだったね。
だから私、何も買ってないわよぅ。仕方ないから、これでどう?
え?
これ。
キスの音。「チュッ」っと。
ちょっと、おい。運転手さんがいるんだぞ。
いいじゃないの。ねえ。
運転手 ええ、別に気になりませんから。
さっき乗せたカップルなんか、すごかった
ですよ。
ずうーっと、その…。
ふうん。…じゃ、さっそく開けてみようかな。
え?ここで?
ここで開けないでどこで開けるのよ。
あなた新大阪から帰っちゃうんでしょ。
うん。それは、そうなんだけど…。
つつみ紙を開ける音。
お。このパックは貴金属が入ってるやつだわ。
………これ、指輪じゃないの?
そう。
プラチナにダイヤが3個ついてる。
そう。
高かったでしょう。
うん。
……すごくいいわ。ほらほら、私の考えてたイメージに
ぴったりよ。でも、ちょ
っとサイズが大きいかな、ま、
サイズは後で直してもらえばいいわよね。
ケイタイが鳴る。ピロピロピロと。
電話。あなたのでしょ。
うん。(ピッ)はい、もしもし、………ああ、また後で電話するよ。
新幹線の中
から。………今?
まだ新大阪に着いてないから……うん、じゃ。
会社の人?
そう。会社の人。
たいへんねぇ。
本当。たいへんなんだよ。
で?
…「で」って?
何かあるんでしょう?私に何か話があるんじゃないの。
うん。……実は、話があるんだよ。
そうだと思った。
さっきレストランで話そうと思ったんだけど、まわりがうるさくてさ。
そういう
気になれなかったんだよ。
うん。それはそうね。
あのね…。
運転手 あー!!
ブレーキ。雨の音、はげしくなる。
……びっくりしたー。
運転手 すみません。
ここどこなの?
運転手 はぁ、どこなんでしょうか…。
ええ?
その、前に見えるのは海?
運転手 川じゃないかと思うんですよ。猪名川。でも橋がないんです。
道にまよったの?
運転手 はい。細い道をなんとなく走ってるうちにどうも、
ぬけ道を見失っちゃって
…すみません。
間に合いそうにないですね、新幹線。
仕方ないんじゃない。私の部屋に泊まったら?
いや、どういても今日中に帰らなくちゃならないんだよ。
だって無理よ。明日の始発に乗るしかないんじゃないの?
私、ちゃんと起こして
あげるからさあ。
だめなんだよ明日じゃあ。
運転手 …お客さん、本当にすみませんでした。
世の中にはうまくいかない事も多い
んですよねぇ。
気をとり直して、次のことを考えましょうか?
そうよ。どうしようもない事もあるの。
きっぱりとあきらめて、気持ちを切りか
えるのよ。
あきらめて……?
そう。あきらめて。
運転手 次善の策って言うんですか?
あとから考えてみると、あれをあきらめて、こ
れにしてよかったなぁ
って思えますよ。
いったい何の話をしてるんですか?
運転手 はい。私の今日の仕事は、お客さん達で終わりにします。
行きましょうか、
東京まで。
……えー?
運転手 もちろん、メーターはたおさずに。
今日はお二人にとって特別な日になりそ
うだし、
私からのプレゼントってことでどうですか?
いいんですか?
運転手 今から出ると明るくなる前に着きます。
きっと、いい思い出になりますよ。
すごいわ。行ってもらいましょうよ。
う、うん。そうだな、行ってくれますか?
運転手 ええ。じゃ、ゆっくりいろんな話をしてて下さい。
何なら私がどうやって今
妻といっしょになったか話しましょうか?
何かあったんですね。
運転手 ええ、ありました。大事件がね。
大事件?
運転手 でも、この話、はじめると、静岡あたりまで
行っちゃうんじゃないかな。い
いですか?
ええ、聞かせて下さい。
運転手 はい。大事件のはじまりは、小さな誤解だったんですよ。
あれは、十年前の
冬…。
車、スタートし、走り去る。