X'mas Special (99/12/23 ON AIR) | ||
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『永遠を追い掛ける男』 | 作:花田 明子 |
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そこは和彦のマンション。主人不在の部屋。 と、マンションの金属扉の開く音。 |
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和彦 | ただいまぁー。なんてな。居るわけないか。 |
和彦の溜息と同時に扉が閉まる音。 鍵をかけるカチャリという音。 玄関で、皮靴を脱ぐ和彦。 |
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和彦 | あーあ。 |
鞄をどさりと置く和彦。 留守番電話が点滅している。 「再生」を押す。 |
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留守番電話の機械音の声11件です。 | |
和彦 | (うんざりして)え、11件? |
留守番電話の再生が始まる。 | |
守(声) | 高橋です。帰ったら電話下さい。 |
機械音 | 月日(放送日でも)午後7時16分です。プー、プー。 |
和彦 | あ、守。何だ? |
守(声) | 高橋です。高橋守です。 |
和彦 | 知ってるよ。 |
守(声) | 電話下さい。 |
和彦 | それはいいけど。 |
守(声) | 必ずね。 |
和彦 | いや必ずねって。 |
機械音 | プー、プー。月日午後8時7分です。 |
和彦、次の録音に飛ばす音。「ピ」 | |
守(声) | まだお仕事ですかぁー。働きものだなぁー。よ、日本の星! |
和彦 | おいおい。酔ってんのか? |
守(声) | 酔ってませんよー。 |
和彦 | (驚いて)ええ? |
守(声) | しらふでーす。こんなときお酒が飲めたらいいのにな。 |
和彦 | そっか。あいつ酒駄目だったな。そう言やぁ。 |
守(声) | 電話くれよー。和彦よぉー。和彦君よぉー。 |
和彦 | 用件言えよ。 |
守(声) | つらいよぉー。 |
和彦 | だから何が。 |
守(声) | つーらいぞぉー。 (舟が出るぞーみたいに言って下さい、できれば) |
和彦 | だから。 |
機械音 | 月日午後8時32分です。 |
和彦 | 俺だってつらいよ。何なんだよ。 |
守(声) | 僕は今、部屋で元気の出るCDを探していますが 見つかりません。みんな寂しい曲ばかりです。 |
和彦 | 何やってんだ、あいつ。 |
守(声) | かっずひこー!俺に勇気と元気を与えてくれぇ! |
和彦 | こいつ大丈夫かなぁ。 |
守(声) | 薄情者がぁー。 |
和彦 | 仕事だろ、仕事。 |
守(声) | お前が居ることは分かってる。いいか。 五分以内に電話してこい。 |
さもないと……。 | |
和彦 | さもないと? |
機械音 | プープープー。 |
和彦 | 何だ、それは。 (溜息)あ、もしかして、11件って全部お前か? 高橋よ。高橋守。 |
と、電話から何も聞こえない。 | |
和彦 | あれ? |
と、無言で電話が切れた。プー。プー。プー。プー。 | |
和彦 | あ。 |
機械音 | 月日午後10時26分です。 |
和彦 | ……。 |
と、また無言。 | |
和彦 | ……。 |
プチという電話の切れる音。 | |
機械音 | プープープー。月日10時55分です。 |
和彦 | ……もしかして雅子…? |
守(声) | ちょっと、電話くれってば。くれったらくれよ。くれったら。 |
和彦 | いや、守。お前はいいから。 |
守(声) | かずー。 |
和彦 | うっせぇなあーもう。 |
和彦、再生を止め、電話をした。 相手を呼び出すコール音。「トゥルルルル。トゥルルルル。 トゥルルルル。トゥルルルル。」 |
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守 | はい、高橋です。 |
和彦 | おい、お前人の留守電で遊ぶなよ。 |
守(声) | ただいま、留守にしております。 |
和彦 | ええ? |
守(声) | ファクシミリの方はそのまま送信して下さい。 電話の方は発信音のあと、 |
和彦 | 何だよ、それ。 と、和彦が切ろうとしたとき、 |
守 | ああ、かずひこー? |
和彦 | おい、居たのか。出ろよ、電話。 |
守 | 出ろよじゃないよ。遅いよー。お前遅すぎるんだよー。 |
和彦 | 仕事だろ。 |
守 | 仕事と俺とどっちが大事なんだ。 |
和彦 | 仕事だよ。 |
守 | 何?! |
和彦 | で、何?俺疲れてんだよ。 |
守 | 何それ。 |
和彦 | 何が。 |
守 | それが「女房」に言うことか? |
和彦 | 女房? |
守 | 俺とお前は黄金バッテリー。お前ビッチャー。 俺キャッチャー。黄金のバッテリーじゃないか。 |
和彦 | 恥ずかしいこと持ち出すなよ、こんな夜中に。 |
守 | 恥ずかしいって、俺はお前にとって恥ずかしい思い出か。 |
和彦 | 何言ってんだよ。 |
守 | だって黄金の高校時代じゃん。 |
和彦 | たかだか郡大会6位だよ。 |
守 | 郡大会だろうが、6位は6位。たかだかじゃない。 立派なもんさ。 |
和彦 | だって参加11チーム中6位だよ。恥ずかしいだろ。 |
守 | 何で。誇りだろ。 |
和彦 | ああ、わあった。わあった。(分かった。分かった) |
守 | わあった。わあったって。 |
和彦 | で、何。俺、今お前と昔話で盛り上がる気力じゃないんだよ。 用件は何だ。 |
守 | 何だよ、それ。 |
和彦 | だから、言えよ。何なの?CD?彼女とデートに行くのか? そのCD探してんのか? |
守 | ………。 |
和彦 | え、どうしたの、守? |
守 | お前、残酷な奴だよ。 |
和彦 | ええ? |
守 | そう、昔っからお前はそうでした。ええ、そうでした。 そうでしたいつだって人の傷口にオイターソ-スを 塗り込む男でした。 |
和彦 | オイスターソース? |
守 | あ、違った。トウバンジャンか。 |
和彦 | トウバンジャン? |
守 | あ、なければコチジャンでもいい。 |
和彦 | 暇つぶしなら他の奴当たってくれ。 と、和彦、電話を切ろうと、 |
守 | あ!まぁーってくれ。(待ってくれ) まぁーってくれ。(待ってくれ) |
和彦 | だから、何よ! |
守 | だから……。 |
和彦 | あ、もしかしてお前も? |
守 | え、お前もって? |
和彦 | だから、 |
守 | え、じゃあ和彦ももめたの、彼女と。 |
和彦 | 久々にすごいことになった。 |
守 | あ、もしかしてまた浮気がばれたか。 |
和彦 | またって何だよ。 |
守 | だって前にあったろ。それで雅子ちゃん出てっちゃって。 |
和彦 | あれはあいつの勘違い。 |
守 | ほんとかよ。 |
和彦 | あのなぁ。その女の人、お袋くらいのとしだぞ、いっとくけど。 |
守 | でもお前、年上好きじゃん。 |
和彦 | 限度があるよ、年上にも。 |
守 | あ、そうなの? |
和彦 | そりゃそうだよ。 |
守 | じゃあ今度は何でもめてんの。 |
和彦 | え? |
守 | いや、何で出てったの?雅子ちゃん。 |
和彦 | …何で出てったって分かったの? |
守 | ああ。いや…出てったんだろ? |
和彦 | うん……。 |
守 | 何で? |
和彦 | お前はどうしたんだよ。 |
守 | え? |
和彦 | 守は何でもめてんの、彼女と。 |
守 | ああ……。 |
和彦 | それ話したくて、あんなにしつこく俺に電話してきてたんだろ? |
守 | しつこくって…。 |
和彦 | ……何よ。 |
守 | うん……いや何かもういいんだとさ。 |
和彦 | もういい?いいって何が。 |
守 | だからもう俺と付き合うのはいいってことだよ。 |
和彦 | (驚いて)ええ? |
守 | うん……。 |
和彦 | ……えーっと。どの子だっけ。 |
守 | え、どの子って? |
和彦 |
あの、焼酎のお湯割り好きの子か? |
守 | ああ、ドレッドヘアーか。あれは会社の後輩。 |
和彦 | じゃあ、あの1年半、味噌汁にだしを入れずに 作ってたっていう、 |
守 | あれは違うよ。あれは妹の友達。 |
和彦 | でもディズニーランド一緒に行ってたじゃん。 |
守 | いやあれは誘われたから。 |
和彦 | え? |
守 | だって男たるもの。女に誘われたら断れないじゃん。 |
和彦 | そうか? |
守 | そりゃそうだよ。そんなことしたら男として最悪でしょ。 |
和彦 | 誰とでもほいほい出掛けて行く方が最悪なんじゃないの? |
守 | 洋子とおんなじこと言うなよ。 |
和彦 | 洋子? |
守 | あ。 |
和彦 | 洋子って聞いたことあるな…。 |
守 | あ、いや……。 |
和彦 | あ!もしかして洋子って橘洋子? 野球部のマネージャーやってた? |
守 | ………。 |
和彦 | ユニフォーム洗うと必ず、サイズを小さくしてしまう洗濯 できない、あの不器用の代名詞だった、橘洋子? あの橘洋子? |
守 | 人の彼女をフルネームで呼び捨てしつづけるなよ。 |
和彦 | お前ら、もしかしてずっと付き合ってたの? |
守 | ……。 |
和彦 | 10年間? |
守 | …正確に言うと12年8カ月だ。 |
和彦 | え? |
守 | 俺、隠してたけど中学も一緒なんだ、あいつと。 |
和彦 | 中学もって……じゃあ中学のときから? |
守 | そうなるね…。 |
和彦 | そうなるねって…じゃあ入部したときから付き合ってたわけ? |
守 | いや、正確に言うと、俺が野球部に入部したから、 あいつもマネージャーで入ってきたの。 |
和彦 | …おいおい。全然知らなかったよ。 |
守 | もちろんさ。知らせてなかったから。 |
和彦 | 気付きもしなかったよ。 |
守 | そりゃそうだろう。お前は気付かないよ。 |
和彦 | それどういう意味。 |
守 | いや、深い意味はないよ。 たださ、お前って、何かいろんなことに気がついているようで、 肝心なところがすっぽり抜けてる気がするんだよ。 |
和彦 | ……。 |
守 | あ、すまん。ほんと、おかしな意味じゃないから。 |
和彦 | 雅子もそれ言ってたんだよ。 |
守 | え、雅子ちゃん? |
和彦 | 一昨日。俺はいつも肝心な時を見逃してゆくってさ。 |
守 | どういうこと? |
和彦 | さぁ。絶対な瞬間に気付かないって。 |
守 | うーん。それどういう(ことだ?と言おうとした) |
と、キャッチフォンが入った。 | |
和彦 | あ。 |
守 | あ、キャッチ? |
和彦 | みたいだ。 |
守 | あ、じゃあ俺、また後でかけるよ。 |
和彦 | あ、いいよ。 |
守 | いや、出ろよ。 |
和彦 | 何で。 |
守 | いや、雅子ちゃんかもしれないじゃん。 |
和彦 | ああ…。 |
守 | とにかく出ろよ。 |
和彦 | あ、うん。 |
守 | じゃあ。 |
和彦 | ああ。 |
和彦、守との電話を切り、キャッチに切り替えた。 | |
和彦 | もしもし? |
雅子 | ……。 |
和彦 | もしもし? |
雅子 | 留守電、聞いた? |
和彦 | あ、雅子。 |
雅子 | とにかくそういうことだから。 |
和彦 | え? |
雅子 | だから返事を聞こうと思って。 やっぱりそう長くは待てないから。 |
和彦 | え、返事って? |
雅子 | …え? |
和彦 | あ、いや、実は俺今帰ってきたところでさ。 |
雅子 | …じゃあ聞いてないの、まだ。 |
和彦 | うん。ごめん。で、何、待つって? |
雅子 | ……。 |
和彦 | え? |
雅子 | やっぱりか! |
和彦 | え? |
雅子 | いつだって、何もかも逃がしてしまう男だ、あんたは!! |
和彦 | あ、いや、雅子? |
雅子 | 何かと出会うのも一瞬だが、それを取り逃がすのも一瞬だ! |
和彦 | ああ?何だ名言格言ゲームか?! |
雅子 | 一瞬をつかむ者は永遠を見つけるが、一瞬の背中を 見た者は二度と永遠と出会うことはないのだよ! |
和彦 | 誰かの預言者か、それは。 |
雅子 | ……。 |
和彦 | あ、いや…何かそれは誰かの詩かなにかだな、きっと。 詩だな。ポエムだな。待てよ。 |
雅子 | もう結構だ!家康は性に合わない!私はもともと信長派だ! |
和彦 | え、何だ、それは?!日本史クイズか?!今度は。 |
と、「ツツー。ツツー。ツツー。ツツー。」という虚しい響き。 | |
和彦 | あ。 |
尚も聞こえている無常な音。 | |
和彦 | 何なんだ、一体……。 |
と、和彦、電話を再び再生し始めた。 | |
機械音 | 11件です。 |
守(声) | 高橋です。帰ったら、(最初の留守番電話) 「ピ」と、和彦、電話の用件をとばしてゆく。 と、9件目に、雅子の声。 |
雅子(声) | 一昨日は急にマッシュルームを投げてごめんなさい。 火傷(やけど)大丈夫でしたか? |
和彦 | まだ、赤くなってますよ、おでこ。 |
留守番電話にいちいち応える和彦。 | |
雅子(声) | でもあれは和彦が悪かったと思います。 |
和彦 | 何で。 |
雅子(声) | きっと和彦は「何で」と思うでしょうね。 |
和彦 | ………。 |
雅子(声) | そう、あなたはそう思うはずです。 |
和彦 | はずですって。 |
雅子(声) | シチューのマッシュルームを投げたことは謝ります。 |
和彦 | 当然。熱かったんだぞ。 |
雅子(声) | でも私は腹がたちました。 |
和彦 | 何で? |
雅子(声) | 「もうそろそろいいんじゃないか?」と私は言ったんですよ。 |
和彦 | そうですよ。 |
雅子(声) | それがどうして風呂の湯加減なの。 |
和彦 | だって風呂沸かしてたじゃん、あの時。 |
雅子(声) | 「私からじゃなくて和彦からって思ってんだけど」って 私は言ったんですよ。 |
和彦 | そうだよ。 |
雅子(声) | それがどうして風呂の順番なのよ。 |
和彦 | 風呂の順番以外に何があるわけよ。 |
雅子(声) | プロポーズでしょ、あれは間違いなく。 |
和彦 | プロポーズ?! |
雅子(声) | こっぱずかしい言い方を繰り返せば、結婚の中込みでしょ。 |
和彦 | え、あれが?分からないよ、あれじゃ。 |
雅子(声) | 分かりませんでしたか、やっぱり。 |
和彦 | え、やっぱり? |
雅子(声) | 回りくどい生き方をしてきた気がします。 |
和彦 | え? |
雅子(声) | いつからでしょうか? ぶつかることを避け、できうるかぎり迂回する 人生を生きてきた気がします。 |
和彦 | ……。 |
雅子(声) | それはもともと自分が壊れてしまうことを避けるため だったのか、それとも誰かを壊してしまうことを避けるため だったのか、もうすっかり分からなくなってしまいました。 |
和彦 | ……。 |
雅子(声) | だから、敢えてです。あくまでもです。 いかんせん全部飛び越えて尚です。 私、井上雅子は、山口和彦に、ここは敢えて、 結婚を申し込んでみます。 いや、もとい、申し込みました。返事を下さい。 長くは待ちませんが、少し なら待ちます。今までも随分待ったんで…。 秀吉くらい自信家なら、いつま でも鳴こうとしない時鳥をなんとかできるんでしょうが、 まぁ、私はここは敢えて、家康でいきます。じゃあ。 |
和彦 | ……。 |
機械音 | プー。プー。プー。プー。月日午後11時36分。 |
「ピ」和彦が再生をやめた。 | |
長い間 | |
和彦 | ……永遠を逃がす男?……俺が? ………俺は通り過ぎる永遠の背中を見てきたのか? 今まで?…そして、これからも……? いや…いやいやいや……いやいやいや……。 迂回してきたのは……俺か? |
と、ふいに和彦、電話をかけ始めた。 電話の呼出し音「トゥルルルル。トゥルルルル。 トゥルルルル。トゥルルルル。」 |
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雅子 | はい、もしもし。 |
和彦 | あ、あの夜分遅くすいません。雅子さんは…。 |
雅子の母 | あ、ちょっと待って下さいね。雅子ー。雅子ー。 |
和彦 | (受話器をあてつつ)いや違うでしょ。 逃げていく永遠を追い掛ける男ですよ、俺は。 ロマンチズム。永遠のローマン主義者。 |
雅子 | (不機嫌な声)何?いまさら何か用? |
和彦 | (不意におどおどと)あ、ごめん。 今留守電聞きました。今、ほんと今、でね。 |
音楽。 | |
おしまい |