第194話(99/12/17 ON AIR) | ||
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『恐怖のうちあけ話』 | 作:四夜原 茂 |
中華ナベが、さびしくチューと音をたてる。ギョーザとかでもいい。 町のお手軽な中華料理屋である。女がドアを開けて入ってくる。 テレビかラジオの音が聞こえる。 |
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男 | こっちだよ、こっち。 |
女 | ああ、ごめんなさい。遅くなっちゃって。 |
男 | いや、いいんだよ。外、寒かった? |
女 | ええ、雪になりそう。ええと、コートは、ここに掛けるのかしら? |
男 | いや、そこはまずいだろう。油で壁がギトギトになってるから… こっちに丸めて置いとこう。 |
女 | ありがとう。ええと、何にしようかしら…。 |
男 | ギョーザとチャーハンでどう? |
女 | じゃ、それにする。 |
男 | ギョーザとチャーハン、2人分。それともう1本ビールね。 と、店の誰かに伝える。 |
女 | いつ来ても思うんだけど、この店って、静かでいいわね。 |
男 | うん。静かだね。店の人も無口だし、客もほとんど居ないからね。 |
女 | 普通、中華料理屋って、活気あるじゃないの。 |
男 | ああ「へい、らっしゃい」とか「ギョーザイーガー!」とか店員達 がわざと大声でしゃべったりね。 |
女 | そう。カウンターのむこうで、でっかい中華ナベに材料をドカッと 入れて、ジュー、ジュッジュッジュッとか音させてね。 |
男 | わざとらしい演出だよ。 |
女 | その点、この店はちがうわね。静かでいいわ。 |
男 | ……ひょっとして、何か不満があるのかな? |
女 | いいえ。静かだってことを言いたいだけよ。 |
男 | ああ、そう。静かでいいじゃないか、ね。 |
女 | うん。……私達、去年の冬、何してたか覚えてる? |
男 | 去年の冬…? |
ビールをグラスにそそぐ音。 | |
女 | ああ、ありがとう。いろんなお店に行ってたじゃないの。ガイドブ ック片手にミーハーな店捜して坂道を登ったり降りたりしてさ。 |
男 | うん。イタリアンだ、フレンチだ、スシだ、割烹だ、とあっちこっ ちね。おかげで、月末に送られてくるカードの明細見るのが怖かっ たよ。 |
女 | すごかったわよね。 |
男 | ……何か、不満があるのかな? |
女 | いや、不満はないのよ。二人でお金を貯めようて決めたんだから。 |
男 | そう。がまんしてお金を貯める。そっちはどう? |
女 | うん。それがね…。 |
男 | なに? |
女 | この前、カシミヤのコート買っちゃって…。 |
男 | あ。これ?これカシミヤかあ。 |
いい色でしょ。とっても着ごこちいいし、何年でも着られるって店 の人が言ったのよ。 |
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女 | |
男 | いくら? |
女 | ………ええとね…言いたくないの。 |
男 | 言えないような金額なのか? |
女 | そんなに高くないのよ。そんな何百万もするもんじゃないの。 |
男 | 何百万? |
女 | も、するもんじゃないの。 |
男 | でも、何万円という金額ではない。 |
女 | そう。 |
男 | ……。 |
女 | 怒った? |
男 | いや。怒ってるわけじゃないんだよ。ちょっとショックを受けただ けなんだ。 |
テーブルに、ギョーザが置かれる音。 | |
女 | まあ、ギョーザ食べながら、気持ちを落ちつけてちょうだい。 |
ギョーザかあ。気持ち落ちつくかなあ、ここのギョーザさびしいか らなぁ。ほとんど皮だし。 |
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男 | |
女 | 油がべったりはりついて、カリッとした所はどこにもない。 |
男 | 取り得はただひとつ。ひと皿90円。このカシミヤで何皿食べられ るんだろう。 |
女 | あのね。ちょっと気づいたことがあるのよ。あなたに知っといてほ しいから今話すわね。 |
男 | なに?他にも何か買ったの? |
女 | うん。ちょっとね。まあ、買ったものはたいしたものじゃないんだ けど…あたし、ダメみたいなの。 |
男 | 何がダメなの? |
女 | 貯金とか、倹約とか。 |
男 | できないの? |
女 | そう。できないのよ。……やってみたのよ。がまんして、せいいっ ぱい努力はしてみたの。でも、サイフや銀行に少しお金がたまると ね…こう…ムラムラっと。 |
男 | 何か買いたくなる。 |
女 | そうなのよ。なんか変なんだけど、いつも肩の所に鳥がとまってて、 この鳥が私の耳にささやくの。 |
男 | カネだカネだー。何か買おう。あれ買おう、これ買おう(鳥っぽく)。 |
女 | そんな感じ。困るでしょう? |
男 | うん、困るなあ。 |
女 | これから、いろいろ出費もかさむし、そのあとのこともあるでしょ う。 |
男 | ああ、生活には計画性が必要かも知れない。 |
女 | ええ。だから、私にお金とか預金通帳とかを持たせないでほしいの よ。カードもダメ。一度限度額をこえて、キャンセルされたことも あるの。 |
男 | そんなにすごいの? |
女 | ええ、歯止めがきかなくなっちゃうともう無茶苦茶。自分で自分の ことがわかんなくなるの。 |
男 | ……。 |
女 | あっ。あの、あのね。私、今日このこと話すべきかどうかまよって たの。かくしとこうって気持ちもあったのよ。でも何かフェアじゃ ないかなって思ったから…思いきって話しとこうって…。 |
男 | ナミエ。 |
女 | はい。 |
男 | よく話してくれた。ありがとう。 |
女 | あなた…。 |
チャーハンが置かれる音。 | |
男 | ああ、チャーハンが来た。ほとんど具は入ってないメシだけのチャ ーハンだけど食べてくれ。 |
女 | ええ、いただくわ。……これほんとに何も入ってないチャーハンね。 |
男 | 250円だから文句は言えないよ。 |
女 | あ。あれ見て。 |
男 | え? |
女 | カウンターの向こうの端よ。こっちに向かって歩いてきてる。 |
男 | ああ。チャバネだよ。飲食店にはよくいるやつだ。小さいし、イン パクトに欠けるよなぁ。 |
女 | インパクト? |
男 | うん。やつらはやつらなりに事情があってああいう形に進化したん だろうけど、好きになれないな。 |
女 | ええ、もちろん好きにはなれないわ。 |
男 | ナミエ。実はオレも、お前に話しとかなくちゃいけないことがある だよ。 |
女 | なに? |
男 | 話すべきかどうか迷ってたんだけど、ナミエの話を聞いてるうちに 話す勇気がわいてきたよ。 |
女 | わかった。話してみて。 |
男 | 実は……ペットを飼いたいんだ。 |
女 | ペット? |
男 | 飼いたいと言うか、今、もう飼育してるんだけどね。 |
女 | え?あなたの部屋、何か動物いたっけ? |
男 | うん、居たんだ。あまり目立たないけど。 |
女 | なに? |
男 | あんまり人に話したことないんだけどね。きらわれそうだから。 |
女 | なにかしら。ヘビとかトカゲとか? |
男 | いや、もっと小さいんだよ。もっと小さくて、かわいいんだ。3億 年くらい前から地球でくらしてて、生きた化石と呼ぶ学者もいるん だよ。 |
女 | 何か貴重な動物なのね。 |
男 | そう貴重な動物なんだけど、誤解されてるかわいそうなやつなんだ。 |
女 | ふうん、ペットくらい飼ってもいいわよ。 |
男 | 本当? |
女 | もちろんいいわよ。 |
男 | 百匹くらいいるんだけど。 |
女 | ……百匹? |
男 | 夏の間にアッと間に増えちゃってね。でも飼育箱はたった3つなん だ。段ボール箱3つ。 |
女 | ……なんなのそれ。 |
男 | だから、ペットだよ。箱は僕の部屋に置くつもりだし、ナミエにめ いわくはかけないよ。というか、箱を開けてのぞいたりしない方が いいと思うんだ。 |
女 | だから、何なのよ。はっきり言ってちょうだい。 |
男 | …インパクトのある小動物あ。とってもかわいいんだ。別に人に害 を与えるわけじゃないし、どうしてあんなに嫌われてるのか不思議 なんだ。わかってほしい。今は、名前を言わない方がいいと思うん だ。 |
女 | ふうん。一応聞くんだけど、その小動物と私と、どっちが大切なの? |
男 | え?な、な、なにを言うんだよ、ナミエ。決まってるじゃないかそ んな事。アハハハハ…。さ、チャーハン食べよう。冷めちゃうよ。 アハハハハ…。 |
(おわり) |