第193話(99/12/10 ON AIR) | ||
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『チョコレート、一枚』 | 作:花田 明子 |
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映画の帰り。 階段を下りる足音。 しばし無言。 と、階段を下りきって、石川の大きな溜息。 |
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石川 | (溜息)ふぅーっ。面白かったね。 |
高岡 | え?…あ、そうなの? |
石川 | うん。いや、いろいろそれはどうだ? ってつっこみたくなったところは |
あったけど、面白かったよ。 | |
高岡 | あ、そう。それはよかった。 |
石川 | え、どうして? |
高岡 | いや映画見てる最中、ずっと溜息ばっかりついてたから、 退屈なのかなぁってさ。悪いことしたなぁと思って。 |
石川 | 何で。すごい緊迫した映画だったでしょ? だから映画に合わせて私も緊迫してたの。 |
高岡 | あ、そう。何だ。 |
石川 | ねぇ、髪、すごい爆発してるよ。 |
高岡 | 知ってる。起きたらすごい時間だったから。 |
石川 | いつもじゃないの? |
高岡 | まぁね。 |
石川 | (笑う) |
高岡 | 自転車? |
石川 | え? |
高岡 | 自転車で来たの? |
石川 | ううん。歩き。 |
高岡 | え、歩いてきたの?こんなとこまで。 |
石川 | うん。いやね、朝、電話もらってさ。石川さんから。 「ちょっと遅れるから」って。 |
高岡 | ねぇ、じゃあ駅まで歩くか。 |
石川 | 駅? |
高岡 | うん。今から練習なんだよ。 |
石川 | ああ、いいよ。 |
高岡 | うん。 |
二人、歩きだした。 外は昼過ぎの平日の車通り、人通り。 |
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高岡 | …で? |
石川 | え? |
高岡 | 僕が電話して、それで? |
石川 | ああ…うん。で、時間一杯あるなぁと思ってさ。 |
高岡 | うん。 |
石川 | だからまぁ、散歩も兼ねて歩くかと思って、で、歩いたら 以外に時間なかった。 |
高岡 | そうでしょう。そうでしょう。 遅れるって電話して、急いできたら、居なかった。 |
石川 | ごめん、ごめん。 途中から猛ダッシュしたんだけど、ぎりぎりでしたわ。 |
高岡 | (笑って)うん。 |
石川 | あ、お金。 |
高岡 | え? |
石川 | 映画代。 |
高岡 | ああ、いいよ。 |
石川 | 何で。だって私が高岡さんのタダ券使っちゃって。 |
高岡 | いいって、それくらい。 |
石川 | じゃあ、半分出すよ。 だって一枚しかなかったんでしょ、タダ券。 |
高岡 | うん、まぁそうだけど。 |
石川 | じゃあ、半分………。 |
と、石川、立ち止まって鞄から財布を出そうとする。 | |
高岡 | いいって。それくらい。安いもんですよ。 |
石川 | でもさぁ。 |
高岡 | あなたより、私の方が稼いでますから。 |
石川 | いやいや。 |
高岡 | いいって。ここは一つ、年長者に甘えていただいて。 |
石川 | そうですか? |
高岡 | うん、まぁお互いバイトですが。 |
石川 | よし。じゃあ、今度何かおごりますわ。 |
高岡 | うん。 |
二人、また、歩きだす。 | |
石川 | あ、そうそう。写真。 |
高岡 | ああ。 |
石川、鞄をごそごそして、 | |
石川 | はい。 |
高岡 | おう。 |
石川 | はっきり言って、写真下手だよ。高岡さんも容子ちゃんも。 |
高岡 | え、うそ。 |
石川 | 本当に高校の時、写真部だったの? |
高岡 | もちろんだよ。ばりばりだよ。あれ。 |
高岡、もらった写真を見る。 | |
高岡 | 本当だ。 |
石川 | 私が撮ったのは見れるけど、石川さんが撮ったのも、 容子ちゃんが撮ったのも、もうものすごい下手。 |
高岡 | すいませんねぇ。あれ?本当にひどいなぁ、これ。 |
石川 | 私のなんか、東京タワーの前で、亡霊みたいに 映ってたんだからね。 |
高岡 | (笑いつつ)あれ、おかしいなぁ。 |
石川 | まあ、いいけど。 |
高岡 | うん。まぁ、こういうのは気持ち、記念ってことで。 |
石川 | (笑って)よく言うよ。 |
高岡 | (笑って)うん。 |
と、高岡、ジャンパーのジッパーを開ける。 そして写真をポケットにしまう。 |
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高岡 | あれ、詫び状は? |
石川 | え? |
高岡 | 詫び状。謝りの手紙。 |
石川 | ああ……やめた。 |
高岡 | 何で。 |
石川 | いや、あ……うん。 |
高岡 | うん。 |
石川 | あ、いや、いいんだよ。高岡さん全然気にしてなかった みたいだしさ。 |
高岡 | あ、いや……え、何書いてたの? |
石川 | うん……いや、いいんだよ、本当。 |
高岡 | そう……。 |
二人、再び歩く足音。 しばし歩く音だけ。 |
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石川 | いや、今日は本当、誘ってくれてよかったよ。 |
高岡 | うん……。 |
石川 | いや、どうも調子悪くてさ、ここんとこ。情緒的な映画や、 詩ばかり読んでた。 |
高岡 | 詩ね…。 |
石川 | うん、ポエムですわ。 |
高岡 | (笑って)うん。 |
石川 | このままいくとまずいなぁ、って時だったから助かった。 |
高岡 | ……それはよかった。 |
石川 | うん。何か、ああいう緊迫したアクション映画はいいね。 |
高岡 | でもかなりずさんなエンターテイメントだっただろ? |
石川 | いや、細かいところを言い出したらね。 それはそうなんだけど、 |
高岡 | うん。 |
石川 | でも助かったよ。 こうがんがん効果音で緊張を かきたてられて、いやぁ、よかった。 |
高岡 | あ、そう。 |
石川 | こう、強引にガスを抜かれたって感じ。 |
高岡 | え? |
石川 | ポンってさ。 |
高岡 | ああ。 |
石川 | うん……。 |
間。 | |
二人の足音だけが聞こえている | |
高岡 | ……で、結局いつ戻ってきたの? |
石川 | え? |
高岡 | いやこっちに。 |
石川 | ああ……次の日。 |
高岡 | …あ、そう。 |
石川 | 多分、高岡さんや容子ちゃんより早い新幹線かな。 |
高岡 | ……ふうん。 |
石川 | 容子ちゃん、変に思っただろうな。 いや何か嫌な気がしたろうな…。 |
高岡 | 大丈夫でしょ。 |
石川 | いや、だって3人で遊びに行ったのに、私だけ先に 帰ってきちゃってさ。 |
高岡 | いや……まぁ大丈夫なんじゃない…。 |
石川 | 容子ちゃんには詫び状、書いたんだ。住所聞いてたから。 写真を送るのにかこつけて。 |
高岡 | あ、そう。 |
石川 | うん……いや、悪いことをした。 |
高岡 | いや、そんなことはないけど……。 |
石川 | うん……。 |
高岡 | 何で先に帰っちゃったの? |
石川 | うん? |
高岡 | あ、いや、言いにくいんならいいけど…。 |
石川 | うん……いや、何かね。怖くなったんだよ。 |
高岡 | ……何が? |
石川 | ライブをね。見に行く約束してたでしょ。あっちで。三人で。 |
高岡 | あ、いやあれはさ、待ち合わせの場所に行けなかったのはさ。 僕はライブのチケット、とってくれた友達に会いに行ってて。 |
石川 | うん、聞いた。 |
高岡 | で、容子ちゃんに、「あなたは石川さんを待ってなさい」って ちゃんと僕は言っといたんだよ。 |
石川 | うん、そうだってね。 |
高岡 | でも、まぁ、容子ちゃんがそれを忘れてて、駅じゃなくて、 ライブハウスに直接行っちゃったのがあれなんだけど。 |
石川 | いや、そうじゃないんだよ。 |
高岡 | え、そうじゃないって? |
石川 | いやそれはいいんだよ。そういうことはね。 しょっちゅうあることだから。うん……何て言うの? 待ち合わせ場所を間違えるとか、時間に遅れちゃうとかね、 そんなのは全然あれじゃないの。 |
高岡 | じゃあ、何。 |
石川 | 何かね……二人を駅で待っててね。 何か本当急にね、怖くなったんだよ。 |
高岡 | だから何が。 |
石川 | 私は本当にちゃんと約束をしたんだろうか。っていうかさ。 ……もらったと思った返事は、もしかして私の勘違い なんじゃないかなとかさ。 |
高岡 | なんで。 |
石川 | いや、何かね、もしかしたら私がそう見えたと思ったことは もしかして全然そうじゃなくて、私は人とちゃんと話せて ないんじゃないだろうかとか…… |
高岡 | ……。 |
石川 | 何も人と交換してないんじゃないだろうかってさ。 |
高岡 | そんなわけないでしょ。 |
石川 | うん……いや、そうなんだけどね。 何か怖くなったんだよ、急に。 待ち合わせた場所に来るはずの人が来ない。 私はここで何を待ってるんだろうってさ……。 |
高岡 | ………。 |
石川 | ……。 |
すぐ近くに駅の喧騒が聞こえてきた。 再び、二人の足音のみ。 |
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石川 | 間に合うの? |
高岡 | え? |
石川 | 練習。 |
高岡 | ああ、今日はメンバーの家のガレージでやるからいいんだ。 |
石川 | あ、そう。 |
高岡 | うん……。 |
石川 | じゃあ、私は歩いて帰るから。 |
高岡 | ああ、うん。 |
石川 | あ、そうだ。 |
高岡 | え? |
鞄を開けて何かを取り出すごそごそという音。 | |
石川 | はい。 |
高岡 | え、何これ。 |
石川 | チョコレートだよ。 |
高岡 | うん……。 |
石川 | (笑いつつ)いや、写真、どうやって渡そうかって 考えててさ、あれから。で、まぁ今度の高岡さんの ライブのときにでも、写真と一緒に持って行くかって 思って買ったのよ。 |
高岡 | …あ、そう。(笑って)じゃあ頂くよ。 |
石川 | うん。ねぇ知ってた?ほんのちょっと甘いものってね。 |
高岡 | うん。 |
石川 | 人を幸せにするんだってさ。 |
高岡 | ……へーえ。 |
石川 | …じゃあ、またね。 |
高岡 | うん。 |
石川、走って行った。 すぐそこに、電車がホームへ滑り込んできた。 |
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おしまい。 |