第191話(99/11/26 ON AIR) | ||
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『夏目組』 | 作:夏目 雅也 |
女 | ねえ。 |
男 | え…? |
間。 | |
女 | ねえ。 |
男 | …うん。 |
女 | ひとつ、お願いがあるの。 |
男 | …君は、そう言った。 |
女 | 覚えておいてほしいの、 |
男 | そして、こんな風に、突然、僕のもとに訪れる。 |
女 | 私がこうして、いることを。 |
男 | その言葉。…。 |
間。 | |
男 | ―雨。 |
女 | …雨? |
男 | 雨が降ってる。最初に思い出すのはその雨の光景。 |
女 | うん。 |
男 | それから… |
女 | 雨音。 |
男 | そう…ゆっくりと雨音が聞こえ出す。 |
女 | かつん…かつん。 |
男 | ん? |
女 | かつん…かつん…(と、続ける。少しづつ間隔を狭めて) |
男 | …ゆっくりと。そう、雨音が…。 |
女 | …かつんかつんかつんかつん… |
男 | かつんかつんかつんかつん…(と、続ける) |
女 | かつかつかつかつ… |
男 | かつかつかつかつ… |
女 | かっかっかっかっか… |
男 | かっかっかっかっか… |
二人で、早さや強さを換えながら、そのときの雨の音を探している。 やがてそのときの雨の音。しばらく続く。 男、止まり。 |
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男 | 君が話していたこと… |
取り残された女、少しして止まる。 | |
男 | …そうだ… |
女 | ―散らばっていくような気がしない? |
男 | え? |
女 | 雨の中に。 |
男 | …散らばる? |
女 | そう。雨の音を聞いてると。 |
男 | 雨の中に…? |
女 | 最初はひと粒ひと粒なの、雨も。降ってきたなって思って、それでじっ と聞いてる。ひと粒ひと粒はそのうち重なりあって、つつむの、私の周 りを。そうしたらだんだん溶けていくの。そんな感じ。 |
男 | 溶ける? |
女 | そう、溶けてくの、自分と雨の間が。だんだん雨が降ってるのか、それ とも自分の中で雨音が鳴ってるのか、そんな単純なこともわからなくな ってくる。 |
男 | 雨の音の中に。 |
女 | そう、雨の音の中に。 |
男 | だんだん自分が消えていくんだ、音の中に。 |
女 | ううん、違う。 |
男 | え? |
女 | 消えてはいかないの。散らばっていくの。ぽつんと。私が。 |
男 | 消えるんじゃなくて? |
女 | うん。 |
男 | …それで? |
女 | …ぽつんと散らばってく。 |
男 | …。 |
女 | 何だろう? |
男 | 何? |
間。 | |
女 | …うまく話すことができないの。 いろんなことを話そうと思って、話さなくちゃいけないって思って、で も全然違うの、出てくる言葉が。だからそうじゃないんだって説明しよ うとするんだけど、それもまた違う全然別の言葉で。だから追いかけっ こしてるみたいに、私の言葉はもうひとりの私が持ってて、追いかけて も追いかけても、追いつくことができないの。 |
男 | そういうこと、よくあるよ。 |
女 | そうかな。 |
男 | そう、何か言いたいことがあっても、言おうとするとするとうまく言う ことができないんだ。それでどうしてももどかしい気持ちになる。 |
女 | そういうことじゃないよ。 |
男 | え? |
女 | なくなってしまうのよ。まるっきり。 私が何を言おうとしていたかも、ううん、私が何なのかも。 突然、何を言ってるかわからなくなってしまって、そこから先がないの。 |
男 | ゆっくり考えればいい。ずっと待ってるから。言いたいことがみつかる まで、ずっと待ってるから。 |
女 | ううん。 |
男 | ん? |
女 | 待っていても、何もでてこないよ。きっと。 |
間。 | |
女 | ごめんね。 |
男 | ん? |
女 | あなたが悪いわけじゃないの、きっと。ただ、不安なだけなの。私が。 私のことが。 |
男 | 大丈夫だよ。僕はここにいる。 |
女 | ねえ。 |
男 | …ん? |
女 | ひとつお願いがあるの。 |
男 | うん。 |
女 | 聞いてくれる? |
男 | もちろん。 |
女 | 覚えていて欲しいの。私がこうして、いることを。 |
男 | うん。 |
女 | 本当に? |
男 | うん。…本当に。 |
間。 | |
男 | でも、それから随分たったんだよ。 |
女 | …うん。 |
男 | 君はもう、どこにもいなくなってしまった。この世界のどこにも。 |
女 | …うん。 |
男 | だんだん、思い出したいことは思い出せなくなった。 |
女 | …雨は? |
男 | はっきりと思い出せるのは雨が降ってたってことだ。 |
女 | 私がこうして、いること、 |
男 | 僕はもうたくさんのことを忘れてしまった。 |
女 | 覚えておいて欲しいの。 |
男 | 肝心なこと。どうしても思い出したいことは、もうどこにあるのか もわからない。 |
女 | 肝心なこと? |
男 | そう、君の顔や、君の姿や、思い出すことができない。すぐには。 |
女 | それでも… |
男 | こうやって思い出して、声にして話そうとすると、それが本当の君 の姿なのか、それとも僕の中にある君の姿なのか、そんなことすら わからなくなってくる。 |
女 | でも… |
男 | でも、話し続けるんだ、僕は。君の姿が消えてなくなっても。 それでも話し続ける。僕は。君のことを。 そういうことなんだ、きっと。 |
女 | …うん。 |