第183話(99/10/01 ON AIR) | ||
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『あの日の月がきれいだったわけ』 | 作:花田 明子 |
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時刻は真夜中をすぎたあたり。 和雄が綾子の自転車を引いている。 道路を流行らない暴走族のバイクと車が通り過ぎた。 |
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和雄 | こっちに入ろう。こっちの方が車、少ないから。 |
綾子 | はい。 |
2人、道を曲がった。 | |
綾子 | お兄ちゃんみたい。 |
和雄 | あ、そう? |
綾子 | うん。お兄ちゃん。 |
和雄 |
ああ、それはよかった。
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綾子 |
どうして?
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和雄 |
覚えてないの?
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綾子 |
何が?
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和雄 |
やっぱり覚えてないのか……。
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綾子 |
え?ああっ。
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綾子、こけた。ちょっと酔っているらしい。
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和雄 |
あーあー。やっぱ酔ってるな。
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綾子 |
いいえ酔ってません。大丈夫。だいじょーぶでーす。
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和雄 |
ああ、はいはい。
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綾子 |
ほら、ほら、こんなこともできたんだよ。
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和雄 |
分かった、分かった。分かったから跳ばなくていいから。
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綾子 |
どうして?こんなに跳べるのに。ほーら。ほーら。
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和雄 |
分かったって。すごいよ、跳べるんだもんね。
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綾子 |
でしょ?でしょ?(突然に)ごめんなさい。怒ってるよね。
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和雄 |
怒ってないって。
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綾子 |
でも本当は怒ってるんだよねー。
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和雄 |
だから怒ってませんって。
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綾子 |
いいや、怒ってらっしゃいます。怒ってらっしゃいます。
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と、綾子、また跳ぶ。
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和雄 |
だからいちいち跳ぶなってば。
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綾子 |
私、昔、幅跳びやってたんだよ。
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和雄 |
幅跳びとこれは関係ないでしょ?
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綾子 |
あ、何なら跳ぼうか?
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和雄 |
跳ばなくていいから、まっすぐ歩きなさい。
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綾子 |
わーい。怒ってると格好いい。怒って下さい。叱って下さい。
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和雄 |
あーあー。どうせ今日も覚えてないんだろうなぁ。
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綾子 |
今日もって?
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和雄の自転車を引く音と、綾子サンダルの足音がしている。
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和雄 |
ちょうどこの辺りだよ。
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綾子 |
この辺り?何が?
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和雄 |
この橋の手前……そうこの辺り。
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綾子 |
手前……この辺り?
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和雄 |
自販機があるだろ?
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綾子 |
うん、あそこでこの前、お茶を買ってくれたよね、麦茶。
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和雄 |
それはこの前の、前。
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綾子 |
この前の、前?
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和雄 |
そう、あなたが酔っ払うのはこれで3度目だから。
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綾子 |
やだ、3度目なの?
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和雄 |
そう、3度目なの。
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綾子 |
やあね、私。やあね、やあね、私。
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和雄 |
はいはい。
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綾子 |
駄目な人間です私は、駄目駄目人間です。
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和雄 |
分かったから、いちいち跳ぶなって。
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綾子 |
どうして跳んじゃいけないの?本当はもっと跳べるのに?
前世は天女だったんだよ。 |
和雄 |
ああ、そう。それはすごいね。
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綾子 |
本当なのにー。
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和雄 |
ああ、そうでしょうとも。そうでしょうとも。
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綾子 |
あ、また怒ってる
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和雄 |
だから怒ってないったら。
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綾子 |
怒ってらっしゃいます。どうして?どうして?
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和雄 |
ほらここの辺りでね。
ちょうど、あのここから見える川のそばの木の辺りでね。 |
綾子 |
え?あそこ?
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和雄 |
そうそう。あなたが言ったわけですよ。
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綾子 |
うん。何?え、告白でもしたの?
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和雄 |
え、あれ?あれは告白だったの?
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綾子 |
え、告白?河合さんに?
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和雄 |
だから違うって。
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綾子 |
何よ。
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和雄 |
月がね、出てたんだよ。
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綾子 |
やだ。
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和雄 |
嘘じゃないって。
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綾子 |
本当に?
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和雄 |
うん。「きれいだなぁ、月。」って言ったの。
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綾子 |
へーえ。恥ずかしい奴だなぁ、私。
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和雄 |
恥ずかしいだろ?
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綾子 |
うん。
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和雄 |
さらにだよ。
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綾子 |
うん。
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和雄 |
「こうして見た月を、多分、私は忘れないと思うんだよ。」
っていったんですよ。 |
綾子 |
私が?私が?
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和雄 |
だからいちいち跳ぶなってば。
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綾子 |
言わないよ。
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和雄 |
だって、言ったんだって。
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綾子 |
本当に?
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和雄 |
本当ですよ。
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綾子 |
こっぱずかしいなぁ、私。
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和雄 |
こっぱずかしいだろ?
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綾子 |
うん。……それで?
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和雄 |
それで……「いっしょにね、見てるんだね。」って。
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綾子 |
…うん。
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和雄 |
「忘れないなぁ……きれいだね。」って。
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綾子 |
へーえ……。
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自転車の音と、2人の足音だけが聞こえている。
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和雄 |
それで言ったんだよ。
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綾子 |
何?
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和雄 |
お兄さんみたいだ。
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綾子 |
私が?
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和雄 |
うん。お兄さんになって下さい。
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綾子 |
やだー。
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和雄 |
でもその前に酔ったときはお父さんって言ったんだよ。
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綾子 |
お父さん?
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和雄 |
そう。
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綾子 |
失礼ですね。
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和雄 |
失礼だろ?5つも離れてないのに。
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綾子 |
へーえ。
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和雄 |
まぁ、お父さんよりましか…とは思った。
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綾子 |
それはそうですね…。
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和雄 |
うん……。
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綾子が歩くのをやめた。
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和雄 |
え、何?
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自転車を引く音も止まった。
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綾子 |
いや……うん……月がね……。
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和雄 |
え?月?
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綾子 |
今日は見えないんだなぁって思って……。
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和雄 |
ああ…………雲が厚いから……。
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綾子 |
……。
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和雄 |
縁がうすいって言ったの覚えてる?
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綾子 |
縁?
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和雄 |
うん…。
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綾子 |
……ごめんなさい、覚えてないみたい。
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和雄 |
いや……家族との縁がうすいって言ってた。
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綾子 |
家族?
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和雄 |
家族との縁がうすいんです。だからお兄さんになってくれって
言われたんだよ。 |
綾子 |
……何だろ、それ。
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和雄 |
うん……。
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綾子、再び歩き出した。 |
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綾子 |
あこがれがあるのかなぁ、多分。
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和雄 |
あこがれ?
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綾子 |
そう……絶対、大丈夫な関係って言うのかなぁ?
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和雄 |
ああ…そんなの。
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綾子 |
そう、絶対なんてないんですよね。
でもね、絶対なものにあこがれてしまう。 |
和雄 |
うん。
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綾子 |
誰かにとっても自分にとっても絶対な一人になりたかったんですよ。
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和雄 |
うん……。
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綾子 |
でもね、そうでもない。そうもいかない。
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和雄 |
うん……。
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綾子 |
何ででしょうねぇ。関係性のバランスがどんどん取れるように |
和雄 |
ああ……いいんだよ、そんなのは……みんな分からないよ。
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綾子 |
そんなもんですか?
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和雄 |
うん……みんな不自由だよ。
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再び、二人の歩く音と自転車の音だけが聞こえた。 |
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綾子 |
人の迷惑にならないようにって言われて育ったんですよ。
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和雄 |
ああ。
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綾子 |
今、甘えて会話してますよ、私。
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和雄 |
いいよ、甘えてでも何でも。だってお父さんだから。
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綾子 |
あ、それは…。
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和雄 |
ああ、いいって、いいって。冗談だから。で?
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綾子 |
ああ……だからどこまでが迷惑でどこまでが人と向き合うことなのか、
分からないんですよ。 |
和雄 |
ああ……うん。
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綾子 |
いや、いいんですけどね。
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和雄 |
……そう。……いや、いいと思うよ。
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綾子 |
そうですか?
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和雄 |
いや、そうじゃなくてね……もっと安心することだと思うよ。
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綾子 |
安心…ですか…?
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和雄 |
うん……安心ってさぁ…そう、なかなかできないよねぇ。
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綾子 |
ええ……できないもんですねぇ。
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和雄 |
うん……でもね、安心されると相手も安心できるって知ってた?
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綾子 |
そうなんですか?
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和雄 |
うん……僕はね、そう思ってるんだよ。僕も安心したいから、
安心してほしいなぁとか。 |
綾子 |
……ふうん。
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和雄 |
だって僕はさぁ、ちょっと嬉しかったわけですよ。
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綾子 |
何が?
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和雄 |
だって「一緒に見た月を忘れないだろうなぁ」なんてちょっとした
殺し文句なわけですよ。 |
綾子 |
えー、やめてくださいよ、覚えてないんだから。
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和雄 |
そう、それがくやしい。
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綾子 |
え?
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和雄 |
あんた、忘れないって言ったんだよ。
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綾子 |
ああ、そうなんですね。
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和雄 |
だろ?それに感動して、僕は泣きだしたりするあんたを励ましたり
ピンクレディーを一緒に踊ったりしたんだよ。 |
綾子 |
ピンクレディー?
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和雄 |
これだもんなぁ……。
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綾子 |
え?どういうことですか?私、踊ったの?ピンクレディー?
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和雄 |
踊ったよ。俺の家で。
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綾子 |
え、私河合さんの家に行ったんですか?
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和雄 |
あーあー。最悪だな。あんた本当に何にも覚えてないじゃん。
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綾子 |
え、踊りませんよ、私は。 和雄 踊ったって。
ペッパー警部だの、UFOだの。曲鳴りだすたびに飛び上がって。 |
綾子 |
そんなことするわけないじゃないですか。
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和雄 |
あったまくんなぁ。お前全部忘れてるじゃないか。何なんだ、お前。
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綾子 |
お前って、河合さん。ひどいですよ。
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和雄 |
ひどいのはあんたでしょう。あーあ。あのときの感動を返してくれ。
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綾子 |
ええ?
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和雄 |
いや、返さんでもいい。もう、お前、口を開くな。
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綾子 |
ちょっとひどいなぁ。
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和雄 |
ひどいのはあんただよ。
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綾子 |
あ、そろそろ…河合さん家。
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和雄 |
え?ああ……ああ、うん。
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自転車が止まった。
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綾子 |
いや、私ね、今日のことは忘れないと思うんですよ。
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和雄 |
またか……はいはい。
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綾子 |
いや……そうじゃなくてね……。ものすごーく昔河合さんのことが
好きだったんですよ。 |
和雄 |
ええ?
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綾子 |
いや、昔ですよ。いや……そう昔でもないけど……。
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和雄 |
何だよ、それ。
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綾子 |
でも今はね……もういいんですよ。
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和雄 |
……あ、そう……。
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綾子 |
だからね……きっと……なんかそういうこと考えてたんです。
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和雄 |
え? 綾子 だから月見てたとき……忘れないだろうなぁって。
多分そういうことです。 |
和雄 |
ああ……そっか……なんかどうこたえていいのやら……。
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綾子 |
すっきりしました。
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和雄 |
あ、そう?いや、俺はすっきりしなくなったんだけど……。
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綾子 |
いや…はい。今はもういいんで……お兄さんで……私も
好きな人居るから。 |
和雄 |
ああ…そう……。居るの。…あ、そう。
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綾子 |
ええ。もう、乗れます。
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和雄 |
え?
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綾子 |
自転車。
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和雄 |
あ、そう。
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綾子 |
ええ。じゃあ、また。
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和雄 |
ああ……。
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夜中のまだ車の行き来する道路を綾子の自転車がこぎ出ていった。
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和雄 |
何だかなぁ……月……でてないなぁ、今日は。
何か……告白されて勝手に過去にされて……月…… でてないからなぁ……今日は。 |
和雄、月の出ていない夜はいろいろなことを考えてしまう。
そんな夜をぷらりぷらりと歩いてしまう帰り道だ。 |
|
おしまい。
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