第178話(99/08/27 ON AIR) | ||
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『ワンゲルな時間』 | 作:花田 明子 |
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そこは立山。 8月だというのにそこにはうぐいすやら、 カタカタという虫のこえが聞こえている。 |
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近藤 | (笑って)こんにちはって。 |
川口 | (笑って)なぁ。 |
二人は、立山の中をトレッキングしている。 二人のトレッキングシューズが小石混じりの土を踏んで 歩く音が聞こえる。 |
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川口 | (歩きながら)ちょっと恥ずかしいなぁ、やっぱり。 |
近藤 | (歩きながら)だってぜんぜん知らない人だもんね。 |
川口 | (歩きながら)そうそう。 |
近藤 | (歩きながら)(川口の口調を真似て)こんにちは。 |
川口 | (歩きながら)ああーっ? |
近藤 | (歩きながら)こんな感じだったよ、さっき。 |
川口 | (歩きながら)そうかぁ? |
近藤 | (歩きながら、笑って)うん。 |
川口 | (歩きながら)そうかなぁ。 |
二人の歩いている音だけが聞こえる。 | |
川口 | (歩きながら)でもうれしいもんだなぁ。 |
近藤 | (歩きながら)うん。 |
川口 | (歩きながら)やっぱり気持ちいいから挨拶するのかなぁ。 |
近藤 | (歩きながら)ああ。でもちょっと恥ずかしい。 |
川口 | (歩きながら)うん。やっぱり馴れてる人の挨拶とは違うからな。 |
近藤 | (歩きながら)自然に挨拶しちゃうって感じだもんね。 |
川口 | (歩きながら)そうそう。俺たちはやっぱり初心者だから。 |
近藤 | (歩きながら)だって初心者じゃない。 |
川口 | (歩きながら)近藤はね。 僕は一応、ワンゲルだったんだから、大学。 |
近藤 | (歩きながら)でも久しぶりなんでしょ。 |
川口 |
(歩きながら)そうだなぁ。 |
近藤 | (歩きながら)ほら。 |
川口 | (歩きながら)うん。 |
また二人の歩いている音が聞こえる。 | |
川口 | (歩きながら)でもこれでも昔はかなりやってたんだよ。 |
近藤 | (歩きながら)本当に? |
川口 | (歩きながら)うん。ワンゲルっていってもほとんど登山部 みたいだったしさぁ。 |
近藤 | (歩きながら)それってどう違うの? |
川口 | (歩きながら)え? |
近藤 | (歩きながら)だからワンゲルと、登山部ってさぁ。 |
川口 | (歩きながら)ああ……どう違うのかなぁ。 |
近藤 | (歩きながら)何よそれ。 |
川口 | (歩きながら)いや、もちろん登山部の方が厳しいんだよ。 |
近藤 | (歩きながら)ああ、そりゃそうか。 |
(歩きながら)装備だって違うし、ワンゲルはどっちかって いうと山の中を歩くって言うのに近いっていうかさぁ。 |
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近藤 | (歩きながら)うん。 |
川口 | (歩きながら)で、登山部は山を登るって感じだろ? |
近藤 | (歩きながら)それって一緒じゃない。 |
川口 | (歩きながら)ああ、いや、そうだな……僕の感じから言うと、 |
近藤 | (歩きながら)うん。 |
川口 | (歩きながら)もちろん、僕の大学はってことだけど。 |
近藤 | (歩きながら)うん。 |
川口 | (歩きながら)登山部は上を目指してひたすら登るって感じ なんだなぁ。頂点が目標で、それを制するかどうか。 って言うかさぁ。 |
近藤 | (歩きながら)ああ。 |
川口 | (歩きながら)で、ワンゲルは……そう、どこかを目指すって いうのとちょっと違う。 |
近藤 | (歩きながら)うん。 |
川口 | (歩きながら)いや、もちろん目的地はあるんだよ。 でもどちらかというとその過程をいかに楽しむかなんだな。 |
近藤 | 何か分かったような分かんないような…。 |
川口 | (歩きながら)いや、だって登山部だって、登って行く過程を 楽しんでることには変わりはないわけだからさぁ。 |
近藤 | (歩きながら)じゃあやっぱり一緒じゃない。 |
川口 | (歩きながら)あ、いや……でもちょっと違うんだな、僕の中では。 |
近藤 | (歩きながら)川口君の中だけじゃないの。 |
川口 | (歩きながら)うん……いや、まぁそう言っちゃえば そうなんだけど……。 |
と、近くにかすかだが川の流れる音が聞こえてきた。 近藤が足を止めた。 |
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近藤 | あ。 |
川口 | おう。 |
二人、山の中の少し切り立った岩のあたりに出た。 | |
近藤 | (感心して)へーえ。 |
川口 | (感心して)ふーん。 |
二人、その切り立った岩のそばから、はるか下を流れる川の 音を聞き、数十メートルもある木ですら、その岩のはるか 下に見えるのに驚く。 |
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近藤 | 何か、変。 |
川口 | え? |
近藤 | ほら、遠近感っていうの? |
川口 | ああ。 |
近藤 | あっちの木の感じと向こうの木の感じがさぁ。 |
川口 | ああ、本当だなぁ、 |
二人、じっとそこからの景色を見ている。 | |
近藤 | ねぇ、ここじゃない?獅子の岩って。 |
川口 | え? |
近藤 | ほら、何かパンフレットにあったじゃない。 |
川口 | ああ。あれ?それって天狗岩じゃなかった? |
近藤 | あれ、そうだったっけ? |
川口 | だったと思うけど……。 |
近藤 | でもどっちみち獅子鼻(ししばな)ってことでしょ? |
川口 | 好い加減だなぁ。 |
近藤 | だってそうじゃない。 |
川口 | まぁ、そうだけど…。 |
近藤 | ねぇ、この岩の先端までいけるのかなぁ。 |
川口 | え? |
近藤 | ねぇ、行ってみようよ。 |
川口 | (近くの木の標識をさして)危険、注意!!って書いてあるぞ。 |
近藤 | うん。それは「危険だから注意して行ってね」ってことでしょ? |
川口 | そうかぁ? |
近藤 | そうだよ。 |
川口 | 「危険だから、行くなよ」って忠告してんだろ。 |
近藤 | いいじゃん、行こうよ。 |
と、近藤、無謀にも岩の先端へと進んだ。 | |
川口 | ちょっと、ちょっと、、近藤。 |
近藤 | 大丈夫だって。 |
と、 | |
近藤 | (かなり小声で)うわぁ。 |
川口 | え? |
近藤 | 何これ。 |
川口 | え? |
と、川口も恐る恐る、近藤の後に続いた。 | |
川口 | (かなり小声で)おおう。 |
二人は、その岩の先端近くに座った。 じっと風を感じている。 |
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近藤 | 何か……。 |
川口 | うん。 |
近藤 | ……………一歩踏み出せばさぁ…。 |
川口 | うん? |
近藤 | 無限になれる気がするよ。 |
川口 | え? |
近藤 | ここから一歩飛び出せばさぁ、何もかもから自由になれるような 気がしない? |
川口 | ………おかしなこと言うなよ。 |
近藤 | だって本当にそんな気がするんだもん。 |
川口 | ……。 |
間 | |
川口 | 大丈夫だよ。 |
近藤 | え? |
川口 | いや、そんなこと言ったって根拠なんてないんだけどさぁ。 |
近藤 | ……え? |
川口 | お父さん。……これまでだってばりばりやってきたんだからさぁ。 |
近藤 | ……ああ…。 |
川口 | お医者さんだって家族で頑張らないとって言ったんだろ? |
近藤 | …うん。 |
川口 | お母さんだって、頑張ってんだろ。 |
近藤 | ……うん。 |
川口 | 近藤がしっかりしなきゃ。 |
近藤 | 分かってるよ。 |
川口 | さんざん好き勝手やってきたんじゃないか。 |
近藤 | やってきた。 |
川口 | 疲れちゃうなんてまだ早いよ。 |
近藤 | うん……分かってはいるんだけど……でもね、お父さんが入院して みんなもう本当に大変なんだよ。 |
川口 | うん……。 |
近藤 | お母さんもお兄ちゃんも、もう本当にかかりきりでくたくたに なってる。 |
川口 | うん……。 |
近藤 | お父さんも……多分、自分の病気のこと分かってるんだなぁ、 あれは。だからみんなですごく無理しちゃって。 |
川口 | ……。 |
近藤 | ……。 |
川口 | 立ち合っていくしかないだろ。 |
近藤 | …え? |
川口 | だって…もうそうなんだからさ。 |
近藤 | ……うん。 |
川口 | どうなるか…じゃないと思うんだよ、僕は。 |
近藤 | え? |
川口 | 何かがあって…起こって…でもそれはどうしようもなかったろ? どうしようもないんだよ。 |
近藤 | ……。 |
川口 | どこかを目指すわけじゃないんだ。ここへ行くためにこうしなきゃ ならないっていうのもない。 |
近藤 | ……うん。 |
川口 | だから全部を見ていくしかないんだよ。ちゃーんと見ながらさ、 一歩一歩確実に進めるしかないんだよ。 |
近藤 | ………。 |
川口 | だろ? |
近藤 | あ、川口君流ワンゲル方式だね。 |
川口 | え? |
近藤 | ああ、いや…うん…。 |
川口 | え、何。 |
近藤 | そんなこと言われなくても分かってますさってことですわ。 |
と、近藤、川口を叩いた。 | |
近藤 | (バランスを崩しつつ)ちょっちょっちょっと……危ないだろ! |
川口 | 何よ、挨拶でしょ、挨拶。 |
近藤 | こんな危険な挨拶があるかよ。 |
川口 | 何よ。そんなに怒ったりして心、狭いわね。 |
近藤 | おい、そうじゃないだろ。 |
二人、再び立ち上がってまた、今度はその山を下りて行く。 | |
おしまい |