第175話(99/08/06 ON AIR)
『ある三角』 作:久野 那美


三角を語る人 あるところに、三角がいました。
三角は、自分が三角だ、ということについて、いろいろと考えていました。
それはとても不思議なことのような気もしたし、ものすごく間違ったことの
ような気もしたし、ちょっとだけ違うことのような気もしたし、そんなもの
だろうという気もしました。三角に生まれてしまったばかりに他にすること
もないので、毎日毎日、そのことを考えていました。
ある日、三角は散歩にでかけました。
真っ直ぐな一本道をずんずんずんずん、歩いていきました。
広い原っぱの真ん中で、道が十字に交わっていました。
進手掛かりはそれだけでした。
交差点に、小さな花が咲いていました。
事情はよくわからないのですが、その花は燃えているところでした。
小さな花なので、小さなほのおをあげていました。
どんどん燃えて、もう残っているのは最後のはっぱだけなのでした。
        (花が燃えている音)
三角は立ち止まりました。そして、燃えている最後のはっぱに声をかけてみ
ました。    
三角 「ぼくは三角で、こうして君のところを通り過ぎていくんだけれど、僕は結
局…」
三角を語る人 その花は、とても立派な花でした。燃えながら、炎の下から、何か、答えて
くれようとしたのです。でも、遅すぎました。ほのおが、早すぎたのかも知
れません。
花が口を開きかけたとき、その瞬間、最後のはっぱが燃え尽きてしまいまし
た。
あっという間に。花はそこから消えてしまったのです。後にはひとひらの灰
が残っているだけでした。
        (花が燃え尽きる音)
三角 「あ。」
三角を語る人 燃えてしまったのだから仕方がありません。
燃えてしまった花に手を合わせ、三角は再び歩きはじめました。
まっすぐまっすぐ歩いていくと…。
    (転がる者が近づいてくる音)
…転がるものが転がってきました
転がるものが転がって行ってしまわないうちに、三角は声をかけてみました。
三角 「ぼくは三角で、こうして君のところを通り過ぎていくんだけれど、僕は結
局…」 
三角を語る人 その時。
    (強い風の音)
三角を語る人 西から強い風が吹いてきました。
それはそれは強い風でした。三角はびっくりして身を伏せました。
2辺をしっかり踏みしめて。頂点を低くして。
(転がるものが飛ばされていく音)
三角 「あ。」
三角を語る人 転がるものは、あっという間に飛ばされていってしまいました、
転がるものが地平線の向こうへ消えていくのを、三角は黙って見送りました。
行ってしまったものは仕方がありません。
三角は再び歩き始めました。
今度はとぼとぼと歩きました。
なんとなく、つまらなくなってきました。
どのくらい歩いたでしょう。
やがて三角は立ち止まりました。
そして、一番大きな角で地面を軽く叩いてみました。ノックしたのです。
(地面をノックする音)
三角 「ぼくは三角で、こうして君のところを通り過ぎていくんだけれど、僕は結
局…」
三角を語る人 ノックされたので、地面は、返事しようとしました。
      (地響き)
だだっ広い地面には見る間に大きな亀裂が走り、地球は2つに割れてしまい
ました。
三角 「あ。」
三角を語る人 2つの大きな半球が、ぽっかり口をあけていました。
三角は、地球の口を覗きこみました。中身がぎっしりとつまっていました。
三角 「はあ。」
三角を語る人 三角は、大きなため息をつきました。
割れてしまったものは仕方がありません。
三角は再び歩き始めました。
けれども、地面がなくなってしまったので、歩くのは無理なようでした。
真っ暗な宇宙の中を、泳いで進むことにしました。
先には何も見えませんでした。随分先まで、誰にも会えないかもしれない
と思いました。
三角は進みました。進んだくらいでは誰にも会えないような気がしました。
だったらなにをすればいいのか。
考える時間だけは。たくさん、あるような気がしていました。
 (おしまい)