第174話(99/07/30 ON AIR) | ||
---|---|---|
『恐怖の本番』 | 作:四夜原 茂 |
スタジオの中である。 | |
---|---|
男 | 今日の作品は第2劇場の…。 |
女 | あ。まだまだ。まだキュー出てないよ。 |
男 | あ、れー。またやっちゃったよー。 |
女 | 最近フライング多いんじゃない? |
男 | オレのせいじゃないよ。効果音のスタンバイがおそい… いけね。スイッチはいってるじゃないか。 ……聞こえたかな? |
女 | そりゃ聞こえたでしょ。 |
男 | あー、つかれた。 |
女 | はい。もう少し待つんですね。(ガラスのむこうに) |
男 | いつまで待たせりゃ気がすむのかねえ。 |
女 | なに言ってるの。スタッフのみんなは、ちゃんとやろうと してるんじゃないか。 |
男 | ふうん。どれどれ今日のシナリオはと…。 |
紙をめくる音 | |
女 | あれよ。 |
男 | またあれか?! |
女 | あたし、嫌いなのよね。あの話。ラジオ聞いてる人も そういう人居ると思うんだけど、なんかこう体じゅうの ヒフがゾワゾワ反応しちゃう感じ。 |
男 | ああ、わかるわかる。オレもあんまり好きじゃないんだよ。 |
女 | 好きな人なんて居るのかな? |
男 | あの茶色くて、カサカサ動くやつを好きなやつ? いるわけないだろう。 |
女 | いるわけないわよね。 |
男 | こいつ、いったい何本続けるつもりなんだろう。 |
女 | さあ。ひょっとして好きなんじゃない? |
男 | ゴ |
女 | やめて! |
男 | わかったわかった。 |
女 | 名前を聞くだけで、鳥ハダが立っちゃいそう。 |
男 | ……あれ? |
女 | どうしたの? |
男 | いや…、今、そこにね…。気のせいかな? |
女 | ……あ。はい。テイクワンですね。準備OKです。 |
男 | さ。さっさとやって帰りましょう。 |
音楽。その後、ドアをノックする音。 | |
男 | オレだよ。 |
女 | …どうしたの?こんな時間に。 |
男 | うん。ちょっとナミエに話したいことがあってね。 |
女 | 明日じゃダメ? |
男 | それが…明日じゃダメなんだ。 |
女 | ちょっと間って、今ドア開けるから。 |
男 | いや、開けないでくれ!……ドアは、開けなくていいから、 話だけ聞いてほしいんだ。 |
女 | う、うん。 |
男 | 実はオレ…人間じゃないんだよ。 |
女 | …え? |
男 | 今朝、起き上がってみたら、人間じゃなくなってたんだ。 |
女 | ど、どういうこと? |
男 | どういうことって、そういうことさ。 |
女 | 変な冗談はやめてよ。 |
男 | 冗談なんかじゃないんだよ。カブトムシ知ってるだろ? |
女 | ええ。 |
男 | カブトムシにちょっと似てるんだ。コゲ茶色で、テカテカ してて…。 |
女 | あなた…カブトムシになっちゃったの? |
男 | いや、カブトムシじゃないんだよ。似てるんだけどそうじゃないんだ。 もっとこう……だめだ。それを説明しようと思うと自己嫌悪で頭が クラクラ してきちゃったよ。 |
女 | ドア、開けていい? |
男 | だめだ! |
女 | だって、わかんないじゃないの。 |
男 | …ナミエ。殺虫剤持ってるだろ? |
女 | ええ。 |
男 | それをオレにかけてくれないか。 |
女 | あなたに殺虫剤を? |
男 | あ、ドアのすき間からシューッと…、 |
女 | どうなるの? |
男 | きっと、虫は死ぬと思うんだ。 |
女 | 虫って、あなたが死んじゃうってこと? |
男 | ナミエ、わかってくれ。今日一日考えて出した結論なんだ。 女 そんな…あたしにはできないわ。できるわけないじゃないの。 あなたとの思い出、いっぱいあるのよ。もうあなたは、私の心の 半分以上を占領してるのよ。それなのに…。 |
男 | もう、昔のオレじゃないんだよ。さ。ナミエ。 |
女 | だめよ。(何か見つけた)あ!で、出た!出たー!殺虫剤、 殺虫剤はどこー。 |
男 | え? |
女 | 出たのよ。本当に出たの。そこの壁ぎわよ。あー!そっちに 行ってる。そっちよ、そっちー! |
男 | な、なに言ってんだ? |
女 | 殺して!殺してったら。 |
ブザーの音 | |
広畑 | NGです。どうしたの。 |
女 | 出たんですよ。本物が出ちゃったんです。 |
男 | だからって本番中にそんなに大さわぎしなくてもいいだろう。 |
女 | 何言ってるの。あんなやつにチョロチョロされて、冷静に やれるわけないでしょう。 |
広畑 | 殺虫剤なら、あるよ。そっちに持っていこうか? |
女 | お願いします。 |
男 | やれやれ。えーと、この机の下に入っちゃったのかな? |
女 | これで、なぐりつけるの、どうかな。 |
男 | これって、台本じゃないか。いいのかな。 |
女 | いいのよ。こんな台本でやってるから、本物が出ちゃったり するのよ、きっと。 |
ドアが開く音 | |
女 | あ、ありがとうございます。「強力ゴキコロリ」か、ウフフフ。 効きそうだわね。 |
男 | あ。居た居た。 |
女 | どこどこ。 |
男 | 机か床を丸めた台本でなぐりつける音。 |
男 | えい!えい!あー、逃げられた。 |
女 | なにやってんの。ヘタクソねぇ。 |
男 | すばしこいやつだなぁ。 |
女 | どこ行ったのよ。 |
男 | この机の裏側を……あれ。居ない。 |
女 | そこー!!マイクよ、マイクにへばりついてるのよ! |
男 | ようし。じっとしてろよ。 |
女 | 今度こそやっちゃうのよ。たたき殺すのよ。 |
男 | わかってるって…えい! |
マイクを台本でなぐる。 | |
二人 | わー!! |
男 | 飛んだ、とんだぞー。 |
女 | 来た。来た。来ないで、こっちに来ないでったらー。 |
間 | |
男 | あれ?どこ行ったんだろう。 |
女 | 動かないで。 |
男 | え? |
女 | 居るのよ。そこに |
女 | あんたの背中。えりの少し下のところに居るの。 |
男 | うえー。 |
女 | 動かないで!強力ゴキコロリの出番よ。 |
男 | 殺虫剤をオレの背中に? |
女 | だって仕方ないじゃないの。これが最後のチャンス |
男 | Tシャツにシミがつかないかん? |
女 | 細かいこと言う男ね。どうでもいいじゃないのそんなこと。 今、大事なのは、そいつをやっちゃうことなのよ。動かな いでじっとしてるのよー。 |
男 | うん。 |
女 | 今のは、あんたに言ったんじゃないのよ。よしよし、 至近距離から、必殺の一撃をぶちかますわよ。用意はいい? |
男 | え?用意って? |
女 | えいー! |
シューッと音。長くつづく。 ドサット人間が倒れる音。 |
|
女 | やったわ。とうとうやったわ。 |
広畑 | そろそろ、テイクツー、行ってみようか。 |
女 | はい。でも、もう終わっちゃったみたいなんですよ。 |
広畑 | え?終ったって? |
女 | なんか、殺虫剤ふりかけたら、ついでにもうひとり動かなく なっちゃったんです。 |
(おわり) |