第171話(99/07/09 ON AIR) | ||
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『バージン・ジャンプ』 | 作:闇黒光 |
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風。鳥の鳴き声。遠くにせせらぎの音。梢のささやき などがある。 |
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おばあはん | ‥‥おじいはん。 |
おじいはん | 猫なで声はやめなはれ。 |
おばあはん | ウフ、フ。 |
おじいはん | 気持ち悪いやないか、悪いもんでも食べたんとちゃいまっか。 |
おばあはん | よろしいなあ。 |
おじいはん | なにが。 |
おばあはん | 照れんかてよろしやん。 |
おじいはん | おばあはん、あんたここまで来て、てんごゆうたらあかん。 あたいの目えみなはれ。 |
おばあはん | ハイ。 |
おじいはん | ちゃう。そんなトロンとした目で眼の奥のぞくんちゃう。 あての顔をみなはれ。 |
おばあはん | ハイ。 |
おじいはん | そらな、浮気もしました。悪さもしてあんさんを泣かせも しました。 |
おばあはん | どこぞの女の泪と間違えてまへんか。あたいは泣いたこと あらしまへんで。 |
おじいはん | 後悔してます。でも、今は明鏡止水や。 |
おばあはん | へえへえ。 |
おじいはん | なんやねん、それ。 |
おばあはん | ギャグにもなりまへんでおじいはん。その水の下、なんぞ 隠れてますんやから。あてには見えますで。あーあ、どの 面下げての四文字熟語でっしゃろなあ。どこで覚えてきま したん。 |
おじいはん | なんやて。 |
おばあはん | なんだんねん。梅田のキャバレーでっか、難波のスナック なんぞやなかったら、所詮八尾の駅前の赤提灯でっしゃろ。 |
おじいはん | 所詮とは、所詮とはなんやッ! |
おばあはん | ほれみなはれ、ゆで蛸出ましたがな。 |
おじいはん | ゆでダコ出るんは、うちの六時半のデナー(ディナーでは ない)テーブルの上か、大阪府庁だけで充分や。イタリア 人もフランス人も怒るぞ。 |
おばあはん | 訳分からん。 |
おじいはん | 訳分からんようにゆうてんやから、訳分かったら立場ない やないか |
おばあはん | かわいないやっちゃ。 |
おじいはん | おまえにだけはゆわれたない。 |
おばあはん | なんやてッ! |
おじいはん | なんやねんッ! |
おばあはん | なんやねんとはなんやねん! |
間 | |
おじいはん・おばあはん (二人は笑う) | |
おじいはん | おばあはん。 |
おばあはん | へえ。 |
おじいはん | 口喧嘩もこれで最後やな。 |
おばあはん | へえ。 |
おじいはん | なにゆうてますん。昔から仲がええから喧嘩するいいます やろ。がんばりまっせ。 |
おじいはん | その、昔からゆうのはいつのことや。 |
おばあはん | それは、わてらの生まれるまえの、そのまたまえの、ずー とまえのまえからでっしゃろ。まあ、分からしまへんのや、 分からんことは知らんかてよろしい。 |
おじいはん | そうか‥‥おばあはん、長い間世話になったな。 |
おばあはん | へえ、えろう世話さしてもらいましたが、いまさらなにい いますん。 |
おじいはん | 照れんかてよろしい。今は明鏡止水やから、子供のように 素直に心をひらいてますんや。 |
おばあはん | 今頃のガキはなあ‥‥ |
おじいはん | ぼつぼついこか。 |
おばあはん | そうですな、日の落ちんうちにいきまひょか。 |
おじいはん | おばあはん、最後に、一つ聞かせてくれるか。 |
おばあはん | なんでしっゃろ。 |
おじいはん | も一度生まれかわったら、またこのわてと連れ添うてくれ るか? |
おばあはん | まあ、なにいいますんや、かなんなあ。でもハッキリゆう ときます。ようそんな空手形だされしまへん。あたいはキ ムタクから好きやゆわれたら、オッケーだす。 |
おじいはん | そうか。 |
おばあはん | 冗談ですがな、冗談。 |
おじいはん | そうか。 |
おばあはん | ほれ見てみなはれ、この紐。ごっついでっしゃろ。命の紐 だす。おじいはんとあてを結ぶ命の紐、やせてもかれても 運命の赤い糸だっせ。固く結ばれてますのや、安心しなはれ。 |
おじいはん | そやな。 |
おばあはん | はい。 |
おじいはん | ほんならいくわ。一緒にいきたいけど、おばあはんにあて の男らしいとこ見といてもらわなな。手本にしてや。 |
おばあはん | よう見ときますで。 |
おじいはん | これが最後のご奉公や。村おこしの成功間違いない。若い 子にいっぱい来てもらわなあかん。ほんならおばあはん、 色々お世話さまでした。 |
おばあはん | いいえ、いたりまへんことばっかりで。 |
おじいはん | 綺麗な夕日や。 |
おばあはん | おじいはん。 |
おじいはん | 猫なで声はやめなはれ。でも明鏡止水や。 |
おばあはん | 一言ゆうてよろしいか、あたいな‥‥ |
おじいはん | なんだんねん。 |
おばあはん | あたいは今日、どこぞ連れてってもらうやなんて、新婚旅 行の別府温泉依頼やから、もうごっつうシアワセ。 |
おじいはん | 明鏡止水。たかが生駒山や。 |
おばあはん | まあ、顔あこうして。 |
おじいはん | もうよろしい。 |
おばあはん | 大きな声で、教えた通りにいわなあきまへんで。そうせな 後ろ髪引かれますで。 |
おじいはん | 引かれる後ろ髪はないから大丈夫や。 |
おばあはん | 向こうに行って待ってるで。すぐ来てや。一人やったら寂 しいさかいな。頼むで。 |
おじいはん | へえ。 |
おばあはん | お先に‥‥「バージン・ジャンプッ!」 音楽。野坂昭如「バージンブルース」入る。 |
おじいはん | あかん。違いますやろ。かなんなあ。おばあはん行きます。 老いも若きも、おじいはんもおばあはんも、娘も処女も、 男も女も、大人も子供も「明日に向かってバンジー・ジャ ンプッ!」 |
二人は夕日にきらめき、風をきる。それはあなた の日常ににて美しい。 |
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幕。 |