第170話(99/07/02 ON AIR) | ||
---|---|---|
『夕日』 | 作:久野 那美 |
少年が、夕日を見ていた。 夕日は赤いので、少年の目も同じ様に赤かった。 夕日は遠いので、少年の目も同じ様に遠かった。 橙色の雲がすこしずつ溶け始め。 おおきなまんまるがくっきりと宙に浮いた。 夕日はどこまでもまんまるだった。 |
---|
少年は悲しくなった。 夕日はあんなにもまんまるなのに、少年はまんまるではなかったので、 |
少年は夕日を見ていた。 どこにも無駄のない完璧なまんまるを。 |
夕日は少年を見ていなかった。 夕日は何も見ていなかった。 少年は少年だけど、夕日は夕日だった。 |
少年は悲しくなった。 とてもとても悲しかった。 どうして悲しいと思ったのか、よくわからなかった。 とにかく悲しいと思った。 |
泣くこともできず、立ち去ることもできず、 少年は夕日を見ていた。 |
******** |
どうにも悲しくて仕方がないので、少年は夕日に尋ねてみた。 |
「どうして君は夕日で、どうしてぼくは少年なんだろう?」 夕日は簡潔に答えた。 「あなたが夕日じゃなくて、私が少年じゃないからよ。」 |
少年は唸った。 完璧な答えだと思った。 無駄のない答えだと思った。 さすが、夕日だけのことはある、と思った。 |
思えば思うほど悲しくなった。 とてもとても悲しくなった。 どうしてこんなに悲しいと思ったのか、よくわからなかった。 とにかくとにかく悲しいと思った。 |
でも、それでも…、 |
少年は夕日を見ていた。 抗議することも出来ず、立ち去ることもできず、 少年は夕日を見ていた。 |
少年が夕日を見ていた。 夕日はやっぱり少年を見ていなかった。 |
見れば見るほど、どんどん、どうしようもなく悲しかった。 少年が、悲しかった。 |
どんどんと悲しみは大きさを増し。 もうどうしようもなく大きくなってしまった。 |
突然、ふと、少年は気付いた。 こんなにも悲しいのなら、自分は死んでしまわなくてはいけない。 |
…そういうことに、ふと、気付いた。 |
魅力的な思いつきのような気がした。 いろんなことが、それで解決するような気がした。 |
完璧なまんまるはこのままではあまりに悲しく、 他にはもう方法がないような気がした。 |
死んでしまわなくては。 少年は思った。 少年は、しっかりと、そう思った。 |
目を閉じて考えている少年の外で、 空はもう青かった。 夕日は既に。 なにもかも連れてどこかへ消えてしまっていた。 |
(終) |