第170話(99/07/02 ON AIR)
『夕日』 作:久野 那美




少年が、夕日を見ていた。
夕日は赤いので、少年の目も同じ様に赤かった。
夕日は遠いので、少年の目も同じ様に遠かった。
橙色の雲がすこしずつ溶け始め。
おおきなまんまるがくっきりと宙に浮いた。
夕日はどこまでもまんまるだった。
少年は悲しくなった。
夕日はあんなにもまんまるなのに、少年はまんまるではなかったので、
少年は夕日を見ていた。
どこにも無駄のない完璧なまんまるを。
夕日は少年を見ていなかった。
夕日は何も見ていなかった。
少年は少年だけど、夕日は夕日だった。
少年は悲しくなった。
とてもとても悲しかった。
どうして悲しいと思ったのか、よくわからなかった。
とにかく悲しいと思った。
泣くこともできず、立ち去ることもできず、
少年は夕日を見ていた。
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どうにも悲しくて仕方がないので、少年は夕日に尋ねてみた。
「どうして君は夕日で、どうしてぼくは少年なんだろう?」
夕日は簡潔に答えた。
「あなたが夕日じゃなくて、私が少年じゃないからよ。」
少年は唸った。
完璧な答えだと思った。
無駄のない答えだと思った。
さすが、夕日だけのことはある、と思った。
思えば思うほど悲しくなった。
とてもとても悲しくなった。
どうしてこんなに悲しいと思ったのか、よくわからなかった。
とにかくとにかく悲しいと思った。
でも、それでも…、
少年は夕日を見ていた。
抗議することも出来ず、立ち去ることもできず、
少年は夕日を見ていた。
少年が夕日を見ていた。
夕日はやっぱり少年を見ていなかった。
見れば見るほど、どんどん、どうしようもなく悲しかった。
少年が、悲しかった。
どんどんと悲しみは大きさを増し。
もうどうしようもなく大きくなってしまった。
突然、ふと、少年は気付いた。
こんなにも悲しいのなら、自分は死んでしまわなくてはいけない。
…そういうことに、ふと、気付いた。
魅力的な思いつきのような気がした。
いろんなことが、それで解決するような気がした。
完璧なまんまるはこのままではあまりに悲しく、
他にはもう方法がないような気がした。
死んでしまわなくては。
少年は思った。
少年は、しっかりと、そう思った。
目を閉じて考えている少年の外で、
空はもう青かった。
夕日は既に。
なにもかも連れてどこかへ消えてしまっていた。
 (終)