第153話(99/03/05 ON AIR)
『スィートウォーター』 作:安田 ミカ

登場人物
りさ子


目覚まし時計のベルの音
「(眠た気に)ウーン」
りさ子 「おはよ」
「起きてたんだ」
    (間)
「感じるの?」
りさ子 「うん・・3、2、1(指をパチンと鳴らして)」
突然、激しく降り出す雨
りさ子 「ほらね」
BGM始まり、雨音続く
男N 「りさ子には、雨の降りだす瞬間がわかる・・という
より、りさ子がタクトをふると雨が歌い出す・・そん
な感じだ。それは特技でも、超能力といったものでも
なく、りさ子の言葉を借りれば〈体質〉のようなもの
らしい。雨だけじゃない。海、水溜まり、水滴、噴水
、プール、水族館。とにかく、どんな水にも、りさ子
は感じていく」
男N 「りさ子は命の恩人だ。僕は、海で溺れているところ
を彼女に助けられた。自分の力を過信して、沖まで泳
ぎすぎた僕のふくらはぎは、突然、悲鳴をあげてひき
つけを起こした」
 寄せては返す波音
男N 「砂浜にいた友人によると、意識のない僕の肩に担い
で、沖からりさ子が歩いてきたのだという。泳いでい
たのではない、確かに歩いていたと友人は証言する。
その姿は優雅で、力強く、まるで、水の抵抗などない
みたいに・・しかし、僕が溺れた場所は、僕でも足の
届かない深みだったはずだ・・」
   雨の音に戻る(最初のシーン)
りさ子 「何か・・考えてる?」
「いや、別に」
りさ子 「水、まだ、こわい?」
「もう・・少しかな」
りさ子 「そう、よかった」
男N 「あの時、りさ子はどこから現れたのだろう。僕の近
くで泳いでいたとは考えにくい。だって、あの時、り
さ子は普段着だったし、足にはスニーカーを、きちん
と履いていた・・」
りさ子 「ねぇ」
「え」
りさ子 「あと1分53秒で雨があがるから、どこか、出掛
けない?」
「うん、いいね」
男N 「僕は事故以来、海に行けなくなった。遠くで眺める
海さえ怖い。そして、時々夢を見る。真っ黒で、生ぬ
るい海水に抱かれる夢。宇宙もきっとこんななんだろ
う。でも闇が怖いわけじゃない。りさ子は気付いてい
るだろうか。僕が恐怖にすくむのは、果てしのない、
孤独だってことに・・」
 雨の音、大きくなって
りさ子 「3、2、1、(パチンと指をならして)」
雨の音が止む
りさ子 「ほらね」
  (間)
男N 「そう言えば、こんなことがあった。りさ子と水族館
に行った時のことだ」
 人のざわめき(水族館)
男N 「りさ子が巨大な水槽の前に立つと、いつもイルカた
ちが彼女めがけて泳いでくる。そんな不思議な光景に
も、僕はもう慣れた」
イルカの鳴き声
りさ子の楽しそうな笑い声
男N 「しかし、あの時は様子が違った。学名は忘れたが、
体に斑点があって気立てのよさそうなクジラ。水族館
のアイドルだった。りさ子は、そのクジラと向き合っ
て、涙を流していた。何も言わず、ただ、涙を流して
いた。一週間後、そのクジラが死んだと地方局のニュ
ースキャスターが、テレビで話していた。
身内の死を悼むような、りさ子の沈痛な横顔・・・し
かし、次の瞬間には、決然として顔をあげ、まっすぐ
前を見つめる。そんな、りさ子の強さはどこからくる
のだろう・・」
水がノドを通る音
りさ子 「あ~おいしっ」
「そんなに水ばかり飲んでて、飽きない?」
りさ子 「何で?」
男N 「りさ子は水のように、この世の全てにしみ込みなが
ら時にはとどまり、蒸発してはまた、生まれる。いつ
か、僕のもとからも流れていってしまうのだろう・・
しかし、いつまでも見えないものに怯えているわけに
は、いかない。たとえ、夢から覚めた瞬間、りさ子が
僕の顔を見下ろしていなくても―」
りさ子 「それで、どこに行こっか?」
「・・海に、行こう」
りさ子 「(クスっと笑って)」
 BGM、大きくなって
(了)