第152話(99/02/26 ON AIR) | ||
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『終わりの冬に』 | 作:飛鳥 たまき |
ぼく | 「『星を見にいこう』 それがホキのリクエスト。 春は近いと思わせた日々の後の冷えこんだ一日、 ぼくは近くの山へ車を走らせた。」 |
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ホキ | 「オリオンのあの三つ星がベルトで、あの星が肩だって ……あれとあれとあの星を結んで…楯だって…… 私なら……あの星とあの星を結んで……」 |
ぼく | 「ホキの描く星座は、天空いっぱいのオーケストラ。 コンダクターは長い指揮棒で居眠りしているティンパ ニーをつついているし、ラスト一発のシンバルは夜中 に東の空から昇ってくるのだという」 |
ホキ | 「『冥王星は惑星のままです』って、そんなの勝手よね。 彼にしてみれば、人間が冥王星と名付ける前から存在 していたわ。ずっと楕円を回っていたわ」 |
ぼく | 「白い息をはきながら、ホキは饒舌に話す。 宇宙時計の針が一目盛り動く間に、人間時間は、ホモ サピエンスから現代。宇宙が時をきざみ始めてから 途方もない時間、今ホキが指さしている星はもう存在 しないかもしれない… ぼくは冷えきったホキを抱き寄せる。 ホキはぼくの腕の中でつぶやく。 『雪になるわ』」 |
ホキ | 「ドクドクドクドクドクドクドク… 音がする。力強いリズム。あなたの生きる音。 『雪?そうかなぁ』 あなたは晴れ渡った空を見上げる。」 |
ぼく | 「ホキは、冬が地の底を蹴るかすかな音を聞くことがで きるという。トンと蹴って、季節が変わるのだという。 ホキは聞こえない音を聞き、見えないものを見る。 『それが特技』 いたずらっぽい目が光る。」 |
ホキ | 「しーっ…… 私はあなたの唇に手をあてる。 ほら、聞こえるでしょ、雪童子(ゆきわらす)が雪を 呼ぶ呪文。」 |
『カシオピイア、 もう水仙が咲き出すぞ おまへのガラスの水車(みづぐるま) きっきとまはせ。 |
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アンドロメダ、 あぜみの花がもう咲くぞ、 おまへのラムプのアルコホル、 しゅうしゅと噴かせ。』 |
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ぼく | 「とくとくとくとくとく… ぼくに聞こえるのはホキの胸の鼓動。 予感に震える鼓動。 ぼくの腕の中でホキの冷たい体がゆっくり溶けていく。 やがてホキがつぶやく。 『ほら、雪』」 |
ホキ | 「ほら!雪」 |
ぼく | 「ぼくたちは山を下る。 ドライブシフトはセカンド。 ライトに照らしだされた所だけに舞い落ちる雪。 右に左に曲がりくねりながら街へ降りて行く。」 |
ホキ | 「音もなく降る雪はこわいわ。 夜、枝の折れる音がにぶく響いてくるの。 そんな夜の朝は、必ず一つ、稲小屋がつぶれているの」 |
ぼく | 「『でも、雪童子(ゆきわらす)はちっとも悪くないわ』 と、ホキは言う。 『二月、吹雪のあとに春はくるのだから』と。 ホキの物語には終わりがない。 |
外は雪。 宇宙時計の針はまだほんの半目盛り。 雪雲の上で、星たちは、爆発、拡散、誕生、消滅… 繰り返された光を放っている。」 |
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(呪文は宮沢賢治『水仙月の四日』より) |