第145話(99/01/08 ON AIR) | ||
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『モトヒロ』 | 作:冬乃 モミジ |
モトヒロはたぶん15歳くらいだ。 彼には、ほんの少し知的障害があるらしい。 モトヒロにはいつも、一つの事しかない。一つの事 しかないってことは、単純で、とても奇麗だと思う。 モトヒロにはいつも、一つの事しかないので、私は 彼といると、妙に楽な気持ちになるときがある。 (冬、誰もいないバッティングセンター。緑色のネ ットで覆われている。昨日の大雪はネットの上にも 積もっていて、時々隙間からコンクリートの上に落 ちてくる。) (モトヒロはいくつかの転がったボールを拾っては、 ネットにむかって投げている。) (ボールを投げる音)(ネットにあたる音) (雪が落ちてくる) |
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私 | モトヒロ! |
(シュッ、ボールを投げる) | |
私 | モトヒロ!…何してんの? |
モトヒロ | (ボールを投げる事はやめない)雪が、あれが全部 落ちてきたら、コインくれるって。 |
私 | おっちゃんが? |
モトヒロ | 2枚くれるって。(シュッ) |
私 | へぇー、じゃぁ60回、球が打てるんやね。 |
モトヒロ | へへへへ、うん。 |
私 | そっち行ってもいい? |
モトヒロ | ええよ。 |
(シュッ、シュッ、ボールの音) (鉄の扉をギーッと開けて入る。コンクリートの上 の足音が二人になる) |
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私 | ネットの上に、雪が積もるんやね。ボールが当たっ たところ、おもしろい、白いところに緑色の穴があ いてるみたいや。 |
モトヒロ | うん、丸いな。緑色で丸い。…かぼす! |
私 | え?何?かぼす?(笑う)モトヒロ、よー知ってん なぁ、かぼすなんか。 |
モトヒロ | うん、よー知ってるやろ、俺。(シュッ) |
私 | 寒くないの? |
モトヒロ | 寒くないよ。 |
私 | ほんま?こんなに息、白いのに。 |
モトヒロ | (笑う)白いなぁ。(シュッ) |
私 | (笑う)ハア-ッ(息を吐く)、ひゃっ冷たーっ! 雪が当たった! |
モトヒロ | (笑う)ボールも当たるで。 |
私 | ホンマや、これは危ないわ。(走り回る)ねぇー、 私もやっていい? |
モトヒロ | (シュッ、ボールを投げる) |
私 | コインは、いいから。 |
モトヒロ | ええよ。 |
私 | よーし、よっ!(投げる)(ボールは落ちてきて コンクリートにバウンドする)あれ、届かへん。 |
モトヒロ | (笑う) |
私 | なによ、もう一回やるわ。よっ!ほら!当たった。 うわ、雪が落ちてくる!(走り回る)はー、おも しろい。 (シュッ、シュッ、ボールの音) |
私 | (笑う)だいぶ落ちてきたね。これ、あとどうす んの? |
モトヒロ | 水を撒くねん。 |
私 | あ、なるほど。あのホースやね。(ホースのある ところへ行く)ねぇー、もう撒いていい? |
モトヒロ | あかんよ、全部落とすまで。コインもらうねんから。 |
(シュッ、シュッ、ボールの音) (その間に、水を撒く準備をしている) |
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モトヒロ | ええよ! |
私 | (蛇口をひねる)モトヒロ!そこあぶないで! |
(ホースの口を指でつまんでいるので、水は勢い よく横に広がって噴き出す) |
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モトヒロ | (笑う) |
私 | うわー、どんどん溶けていくね。 |
(バッティングセンターの中のベンチ) | |
私 | 濡れたとこ、めちゃめちゃ冷たいね。汗も冷えてきたし。 |
モトヒロ | 風邪ひく? |
私 | ん?ううん、がんばる。モトヒロも風邪ひかんときや。 |
モトヒロ | うん。 |
私 | モトヒロ、コーヒー飲む?あったかいの。 |
モトヒロ | 俺、ジュースがいい。 |
私 | あかん、風邪ひかへん為に飲むんやから、(ガチ ャン)はい、コーンポタージュスープ。 |
モトヒロ | (プシュ)うわ、(笑う)どろどろしとるでこれ。 |
私 | (笑う)そやろ。あったまるやろ。 |
モトヒロ | うん。 |
私 | モトヒロ。 |
私、来週、結婚すんねん。わかる?結婚。 | |
モトヒロ | うん、わかるよ。たぶん。 |
(ウインドブレーカーを着こんだ、おっちゃん入っ てくる) |
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おっちゃん | ほい。約束のコイン2枚や。 |
モトヒロ | うん。 |
おっちゃん | 今、打っていくか? |
私 | いいんですか?今日休みやのに。 |
おっちゃん | ああ、ええよ。 |
(カキーン、金属バットの音) | |
私 | モトヒロ!(カキーン)そんな速い球よううてるね。 |
モトヒロ | うん、うまいやろ、俺。(カキーン) |
私 | モトヒロ!…がんばりや。私もがんばるから。 |
モトヒロ | (カキーン)うん。がんばるで、俺。 |
(カキーン、カキーン、金属バットの音) (白い息) |