X'mas Special (98/12/23 ON AIR) | ||
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『臨時環状内回り1998』 | 作:飛鳥 たまき |
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―夜。男女の前にはコタツの上のクリスマスケーキ。 ろうそくが何本か、ともっている。 ゆれる炎を前にして、 |
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女 |
…どうしてあの時……… (電車のホームのざわめき。 どこからかジングルベルの音。 『もしも』『もしも』……つぶやき、だんだん大きくな りながら辺りに満ちていく。 発車のベルが響きわたる。 男が息を弾ませ、駆け込んでくる。) |
男 | 「(息をきらせて)ハア、ハア、ハア…… …ここ、いいですか」 |
女 |
え?消すの。「どうぞ」 |
男 | 「あのー…これ、港町、止まりますよ、ね」 |
女 |
「港町?」 |
男 |
「止まりませんか?」 |
女 | 「ええ、たぶん…」 |
男 | 「えっ?」 |
女 | 「たぶん…」 |
男 | 「12番でしたよね」 |
女 | 「?」 |
男 | 「ホーム。この電車のホーム」 |
女 | 「いいえ、13番」 |
男 | 「13番?」 |
女 | 「ええ、たしか」 |
男 | 「13番ホーム?……ありました?あの駅に」 |
女 | 「たしか…」 |
男 | 「13番ホーム……13番って…あったかなあ…」 |
アナウンス | 「本日はご乗車ありがとうございます。この電車は、 『臨時環状内回り1998』です。停車いたします駅は、 『一本の松』『二つ曲がり』『三つ又峠』『四つの辻』 ……」 |
男 | 「ああ、臨時電車…」 |
女 | 「乗り間違えた?」 |
男 | 「ええ、そうみたいです。ぼくの電車、いつも12番ホ ームだもんで…」 |
女 | 「いつも駆け込んでる?」 |
男 | 「(笑って)まあ…」 |
女 | 「一廻りすれば、元の所に帰りますよ。きっと…」 |
男 | 「そうですね。環状って言ってましたよね。覚悟決めま した」 |
(車掌、検札にやって来る。) | |
車掌 | 「おくつろぎのところ、失礼いたします。切符を拝見さ せていただきます」 |
(ざわざわと小さな動き。 車掌、入り口から二人の前のシートまでやってくる) |
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車掌 | 「(前のシートの人に)はい、ありがとうございます」 (女に)切符を拝見いたします」 |
女 | 「はい(切符を手渡す)」 |
車掌 | 「三つ又峠ですね……峠はもう雪になっているそうです。 視界も悪くなっています。心静めて、じっくり、ゆっ くり、あせらないでお出掛けください」 |
女 | 「ありがとう。あれこれ、迷わないようにします」 |
車掌 | 「はい、それがおよろしいでしょう。…お客様は?」 |
男 | 「ああ、俺、電車間違えたみたいで…」 |
女 | 「とび乗ったんですよ、この人」 |
男 | 「定期ーー港町行きの定期はあります」 |
(男、ごそごそとぽけっとをさぐる) | |
車掌 | 「胸ポケット」 |
男 | 「えっ……これ?」 |
車掌 | 「はい。それです。臨時環状『周遊券』ですね。31日 まで有効です。ご利用ありがとうございます。…はい」 |
(車掌、次のシートへ行く。 「九九坂ですね。19時32分到着予定です」) |
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女 | 「なんだ、周遊券持ってるんだ…」 |
男 | 「いや、オレ…いつの間に……どうしてポケットに……」 |
(横のシートから一人の男身を乗り出すようにして) | |
もしも捕り | 「兄さん、どの辺りで商売を?」 |
男 | 「商売?」 |
もしも捕り | いやね、臨時環状の周遊券を持っていらっしゃるんで さ、何かやっておられるんじゃないかと思いましてね」 |
男 | 「いいえ。…電車は乗り間違いで……どうして周遊券が あるのか……」 |
もしも捕り | 「いやいや、こんなにお若い方ですから、そりゃあ、ず いぶんお稼ぎでしょう」 |
男 | 「?」 |
もしも捕り | 「お嬢さんは?どちらまで」 |
女 | 「三つ又峠です」 |
もしも捕り | 「ほう、三つ又峠ねえ。いやいや幸せな方だ」 |
男 | 「そうでしょうか…」 |
もしも捕り | 「そうでしょうか…」 |
女 | 「…そういえばそうですけど…」 |
男 | 「…あのう…」 |
もしも捕り | 「なにか?」 |
男 | 「お二人のお話しがさっぱりわからないのですが…」 |
もしも捕り | 「わからない?」 |
男 | 「ええ」 |
女 | 「あっ」 |
(窓の外、雪のようなものが降ってくる。大きな白い網 を持った人が何人も、舞落ちる白いものを取り、袋に つめている) |
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もしも捕り | 「始まりましたよ、今年も」 |
女 | 「優雅ですねえ」 |
男 | 「何をしてるんでしょう」 |
もしも捕り | 「あれ、お若いの。本当にご存じない」 |
男 | 「ええ」 |
女 | 「もしも捕りの人たち。お仲間ですよね」 |
男 | 「もしも捕り?」 |
もしも捕り | 「年末の一週間だけ解禁でね。そりゃあ、大忙しってわ けで。人間の想いを受け止めるのが、あっしらの仕事っ てわけで」。 |
男 | 「想い?」 |
女 | 「後悔みたいな…」 |
もしも捕り | 「うーん…たとえば…」 |
女 | 「あの時忘れ物さえしなかったら…あの時、自分に素直 になってたら…」 |
もしも捕り | 「…まあ、お嬢さんのおっしゃるような想いでしょうか …『もしも』の想いっていいますか…」 |
男 | 「それが、あの白い?」 |
もしも捕り | 「食べられたことは?」 |
男 | 「?…いえ…」 |
女 | 「食べられるの?」 |
もしも捕り | 「パイにしてもまんじゅうにしても、そりゃあ、いけま す」 |
女 | 「パイ?」 |
もしも捕り | 「ええ、ええ。ケーキでもアイスクリームでも。最近は …そうそう、一番しぼりのワインが人気ですなあ」 |
女 | 「飲んでみたいわ」 |
もしも捕り | 「『七わかれ通り』に着くころには駅で初売りが始まり ますよ。兄さんも一度お試しくださいよ」 |
男 | 「あっ、はい」 |
もしも捕り | 「お客さんたちは、年に一度、『あの時』をやりなおす ために『臨時環状内回り』に乗る。あっしらはそのお 客さんに喜んでもらうために、一ひらでも多くの『も しも』を取る。ま、そういうことですな」 |
女 | 「『二つ曲がり』では二つに一つを、『三つ又峠』では 三つに一つを。もう、『もしも』って思わなくてもい いようにやり直すの」 |
男 | 「もしもって後悔しないように?」 |
もしも捕り | 「まあまあ、そうとばかりは言えないもんでねえ。『も しも』が後悔に結び付くとは限らなくってね…そこが 味っていうもんでさ。あっしらの商売がなりたつって わけですよ。『もしも捕り』1人1人のブレンド、 そこが、まあ、企業秘密ってわけですなあ」 |
アナウンス | 「みなさま、まもなく『一本の松』です。どちらさまも お忘れ物のないようお降りください」 |
(電車、駅に着く。『もしも』の声満ちて来る。) | |
もしも捕り | 「じゃ、あっしはここで。失礼します。お嬢さん、『三 つ又峠』は冷え込みますよ。その格好じゃ凍えますよ。 何か着なさったほうがいいですよ。じゃあ」 |
(ざわめきの後、電車、発車) | |
女 | 「……大好きな人だったのに…もしもあの時、自分の気 持ちに正直になっていたら…って…どうして、どうし てって思ってたら…いつの間にか13番ホームに立っ てた…いつの間にか電車に乗ってた…」 |
男 | 「あっ、さっきの人。すごいなあ、網のふりかたが違う よ」 |
(二人、黙って、窓の外を見続ける。 やがて、「次は『三つ又峠』のアナウンス。 『もしも』のつぶやきが辺りに満ちていく。 電車の止まる音。ざわめき) |
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女 | 「さよなら」 |
男 | 「さよなら……」 |
女 | (女、立ち上がり、歩いて行く。 男、あわてて後を追いかける。) |
男 | 「よかったら、オレのコート…峠は冷えるって…」 |
女 | 「ありがとう。でも、お返しできないと思うから」 |
アナウンス | 「…『臨時環状内回り1998』、まもなく発車いたし ます。お乗りのお客様、お急ぎください」 |
(発車のベル。 『もしも』のつぶやき、だんだん大きくなっていく) |
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男 | 「雪が降りしきっていた。が、それは、『もしも』の 一ひらだったかもしれない。 彼女は『三つ又峠』のホームにすっくり立った。…… 〈とび降りて、肩を抱きしめてやりたい〉…… ぼくはつきあげるような想いにとらわれていた。 |
(電車の出る音、止まる音。ホームのざわめき。 どこからかジングルベルが聞こえてくる。) |
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男 | 「気が付くと、12番ホーム。雪が降り始めていた。 あの時、どうして一緒に電車を降りなかったのだろう …………あの時、どうしてコートをわたさなかったの だろう……… …どうして…… どうして……」 |
(『もしも』『もしも』のつぶやき、大きなうねりになっ ていく。やがて遠くで電車の発車のベルが響く) |