第129話 (98/09/18 ON AIR) | ||
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『では、次の顔』 | 作:み群 杏子 |
女 | 早朝、けたたましい玄関のベルの音で目を 覚ました。「もう、こんなに早く、いったい誰?」 ドアを開けると、そこに、アタッシュケー スを小脇に抱えた男が、にこにこと立ってい る。「なにか、ご用ですか?」 |
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男 | いや、たいへん遅れまして、どうも、申し 訳ありませんでした。申込みの方が殺到して おりまして、なにせ、3年待ち、5年待ちは ざら、中には10年たっても担当者すら決ま らないというお客様もいらっしゃるくらいで 、これでもあなた様などは、ぜんぜんラッキーな方で… |
女 | ち、ちょっと、待ってよ。なに、言ってるんだか、わかんない。 |
男 | ですから、お届けにまいりましたんです。 はい、(意味深な感じで)ご注文のお品を。 |
女 | 注文の…品? |
男 | 品と申しますか、(くくっと笑って)あ・ れ・ですよ。…と、ここでは、なんですから、ちょっと、中へ。 |
女 | あ、あの…」 私の言うことも聞かずに、男は勝手にずんず んと中に入って、ちんまりとざぶとんの上に座ってしまった。 |
男 | なんと、こじんまりしたよいお住まいですな。では、どうぞ、これを。 |
女 | アタッシュケースをぽんとあけて、男がと りだしたものは、一枚の顔だった。「なに、これ」 |
男 | 百聞は一見にしかず、なによりも見て使っ てためしていただくというのが、わが社の方 針でして、お買い求めは、その後ということで、 |
女 | …え? |
男 | これなど、いかがでしょうか? |
女 | そういうと、男は自分の顔に、その顔を張りつけてしまった。なんだろう、 これは。顔はぴったりと張りついて、男はすっかり別の男になって いるのだ。別の男になった男を、私は知っていた。 「なんだ、ミチオ君じゃないの」思い出した。今日は、ミチオ君と結婚する 日だったんだ。私は、ミチオ君をつれて、タクシーで、結 婚式場に急いだ。でも…「なんか、へんよ」 |
男 | どうやら、お気にめさないようですな。で は、こういったのは、どうでしょうか。 |
女 | ミチオ君は、また、アタッシュケースを開 けて、別の顔を一枚取り出すと、それを顔に つけた。すると、また、別の男になった。別 の男になったミチオ君を、私は知っていた。 「高田先生…」 私って、なんて、おばかさん。結婚相手を 間違えちゃうなんて。そうなんだ。私が結婚 するのは、ミチオ君ではなくて、中学校の時 の高田先生なんだ。高田先生と私は、どこか のきれいな公園の前でタクシーを降りる。盛 装した人が20人ばかり、集まって笑いあっ ている。でも、知らない人ばかり。 「ちょっと、へんよ」 |
男 | おや、まだ、ご不満ですか。では、これにしますか。 |
女 | 高田先生の顔に、また別の顔が張りつく。 「あ、だいちゃんじゃないの」 おさななじみのだいちゃんだ。そうか、私 のだんなさんになる人は、本当は、この人だったのね。 ごわーん、ごわーんと、祝福の鐘が鳴って いる。拍手と紙ふぶきの中を二人はずんずん 進んでいく。あと少しで、誓いの言葉。でも 、神父さんがいない。「やっぱり、へんよ」 |
男 | 弱ったなあ。あとは、もう、これっきゃ残ってないぞ。 |
女 | どうしたの? |
男 | どうも、出直した方がいいみたいですな。 |
女 | あら、そこにあるじゃない、もう一枚。 |
男 | いや、これは… |
女 | いいわよ、それで。 |
男 | やっぱり、出直しましょう。 |
女 | いやよ、それがいいわ。 |
男 | いや、やっぱり… |
女 | これがいいのー 私は最後の一枚を取り上げると、だいちゃん の顔にぺったりと張りつけた。 |
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女 | どこかでベルが鳴っている。 「もう、こんな早く、いったい、誰?」 |
END |