第110(98/05/08 ON AIR) | ||
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『雨と桜』 | 作:冬乃 モミジ |
女 | 言い訳を許して貰えるなら、私、少し疲れていたんです。 うとうとして、気がついたら降りるべき駅を二つも過ぎていま した。急行だったのであと十五分は乗っていなくちゃいけない。 そう思うと、なんだかその、どうでもいいような気がしてきて …。お昼すぎだというのに、丸一日半降り続いた雨のせいで朝 でも昼でも夕方でもないような不思議な明るさでした。油断す るとまた降り出しそうな空と、濡れた緑色の山や木を見ている と、ますます電車を乗り換えて引き返す気がなくなってしまっ て…。 |
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ふと、何年も前に行ったことのある場所を思いだしたんです。 わりと有名なお寺で、お花見にいったんです。そこに行こうと 思いました。次の駅で普通電車に乗り換えて。わくわくしてき ました。門をくぐって長い石段の回廊をのぼったところに本堂 があってそこから見下ろすと桜と緑で山は覆われていて、大げ さですけど、その時夢のような景色だと思ったんです。 |
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空はあいかわらず、湿った灰色で、私が降り立ったのは小さな 駅です。そこへは歩くと結構あるんですけど、何も急ぐことが なかったのでのんびり歩いていきました。小さな溝を流れる水 や、二十年も前から貼ってあるような色のあせたポスターや、 こんなに自然に囲まれているのに植木鉢を沢山並べてある家 や、そんなものを見ながら歩きました。歩いて歩いて少し体が ほてりだして、いくつめかの角を曲がると見えてきました。 |
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中年のおばさんのグループと、カメラを手に注意深くシャッタ ーをきるおじさんと。若い人はほとんど見かけませんでした。 それでも、久しぶりに友達どうしの遠出を楽しんでいるに違い ないおばさんたちで賑やかなものでした。回廊を上がる途中で、 雨が降ったんです。さぁーっと細かい雨が山をなでていくよう な、体からすーっとほてりがひいていきました。 |
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前に来た時は、まさに満開だったんですけど、雨のせいもある のでしょう、ぬかるんだ地面に散ったはなびらが目立ちます。 青いベンチも濡れていて、そこにも薄いピンクのはなびらが 沢山沢山はりついていました。 |
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本堂の舞台の端でしばらくぼんやりしていました。奥さんの写 真をとってあげている旦那さんは、自分の写真は恥ずかしいか らと断っていました。奥さんはすごく嬉しそうにポーズをとっ たりしています。 振り返って歩き出そうとしたそのときに、若い男の人がこちら へ歩いてきたんです。少しびっくりしました。男の人が一人で こんなところにいるのが不思議でした。その人も女が一人でい るのが目についたのでしょう、目があって、同時に会釈して、 すれ違いました。(笑)ちょっとドキドキしました。それだけ です。山を降りて、電車に乗って家に帰りました。 |
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陶芸教師 | (咳払い)で |
女 | はい。 |
陶芸教師 | 言い訳は終った?のんびり花見をしたあとになってやっと私の ことを思い出してくれたというわけだ。 |
女 | あ、 |
陶芸教師 | 貴方が電話をしてきたのは夕方の六時をまわってた。他の生徒 さんのはもう絵付けがすっかり終わってしまったぞ。 |
女 | すいません。 |
陶芸教師 | (笑)じゃぁ、今日はみんなに追い付いてから帰ってもらおう。 いい花見をしたんだから、いい桜でも描いてもらうか。 |
女 | すいません。 |
陶芸教師 | (笑)じゃぁ、今日はみんなに追い付いてから帰ってもらおう。 いい花見をしたんだから、いい桜でも描いてもらうか。 |
女 | (笑)はい、そうします。 |
陶芸教師 | こら。 |
女 | すいません |