第107(98/04/17 ON AIR)
『待ち合わせは夕方六時、
駅前広場・時計台』
作:飛鳥 たまき



ぼく 「夕方六時、駅前広場は急にざわめいてくる。
時計台の仕掛け人形が扉から飛び出し、楽隊に
合わせて踊りはじめる。
駅からはき出された人達の足音、改札口に吸い
込まれて行く人達の吐息。三分きざみの電車の音。
広場の東側にはジャズバンド。
西側にはパントマイムのピエロ。
約束の六時まであと五分。
君はまだ来ていない。
ぼくは時計台の針がカクッ、カクッと動くのを
見ていた。
(時計の音)
ぼく 「君との待ち合わせはいつも夕方六時、駅前広場
時計台の所。
『絶対遅れないでね』
君の念押しは、踊り子たちを二人で一緒に見た
いから。
「時計台の踊り子はみんなで六人。ふっくらした
肉付に、真っ赤な唇。そう、古いアメリカ映画
のダンサーみたい。六時になると扉が開き、踊
り子たちは腕を組んで出て来る。六人そろった
ところで足を挙げて踊り始めるの。
ぼく 「この踊り子が駅前に現れたとき、時間がくると
時計台の前には人だかりができそうだ。眉をし
かめつつも、踊り子を見ない人はいなかったってさ。
君が生まれるずっと前の話。
「「駅前の喧噪を時計台音楽隊の歪んだメロディが
すっぽり包んだ。ざわめきは、見えないバリア
に囲まれ逃げ場を失う。互いの音はからまり、
交じり合って、ワァーーーンとうねり始めた。
…………(ポンポンポンポン…)……
……………船?………」
      ☆
「丘の上から毎日、海をみてたわ」
ぼく 「山に囲まれた小さな町なんだ」
「湾に浮かぶ船を数えたり、ぽんぽん船のエンジン音を
数えたり…」
ぼく 「駅は山と山の間に一つ」
「地球には自分に似た人が三人いるって…そんな
こと考えてた」
ぼく 「出たかったなー…とにかく出て行きたかったな
あー…」
「一度だけ、手紙を入れたビンを海に流したこと
があるの」
ぼく 「川を下ればいいんだって気づいたね」
「岬の一番先までいって、ビンを投げたのよ」
ぼく 「六年生の夏、空き缶の筏で川下りしたさ」
「それからどうなったか?って…満ち潮でビンは
ちっとも沖へ出ていかなかったの(笑う)」
ぼく 「流れついた所?三キロ下流の橋の下(笑う)」
      ☆
(ワァーーンといううねりに似たざわめき)
ぼく 「パントマイムのピエロが僕たちを呼び止めた。
見えない箱を開け、見えない風船をとりだし、
ふう、ふうー、と頬をふくらませて、風船に
息を吹き込む。口を堅くくくり、糸でゆわえた。
『ありがとう』
君は見えない糸をにぎりしめた。
「あの人には赤い風船。わたしには黄色い風船。
あの人は少し照れ臭そうに、でも、しっかり糸
をにぎった。
ピエロはあの人とわたしをかわるがわる見た後、
両手でハートの形を作り、胸のところでドック
ン、ドックン脈打たせた。
ぼく 「『ほら、夕日』
君の指さすところには、大通りに面して細い路
地とT字に向き合うビル。全面ガラスに、真っ
赤な夕日が写っていた。
「春と秋、一年に二回、あのビルに太陽がすっぽ
り入るの。一ミリだって欠けてなんかいない、
まあるい太陽。
夕日の中に入ってみたくて、わたしは路地に立
った。
ぼく 「昼と夜の長さが同じ日、マヤのピラミッドには
大きな蛇が浮かび上がるという。古代の壮大な
ロマンあふれる造形。
そして、誰も意図しなかった現代のビルに沈む
太陽。
シルエットになった君を、ぼくはまばゆい想い
でみつめていた。
(時計の音)
「『結婚記念日はちょっと豪華に祝う』
それが二人の約束。待ち合わせは、いつもの所
で、いつもの時間。
時計台の真ん前に陣取っているあの人をみつけ
た。あと一分。
「早く!」あの人が手招きしてる。
ぼく 「通りの向こう、君は赤信号で足踏みしながら、
跳び出す準備をしている。
信号が青に変わった。
『走れ!』
ぼくは手を大きく回した。
(六時、時計台の扉が開く)