第104話 (98/03/27 ON AIR) | ||
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『僕とスイの時間』 | 作:み群 杏子 |
男 | スイは僕のなかに住んで、僕のなかを旅し ている。 |
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女 | お・は・よ・う。 |
男 | お寝坊のスイが起きるのは、たいてい午後 だ。おきぬけにスイは、ぱたぱたと羽枕を叩 く。僕はそのほこりを吸って、コホンと咳を する。 |
女 | ごめんネ。でも、枕はいつもふんわりとさ せておかなくちゃだめなの。いい夢を見るこ とができなくなっちゃうもの。 |
男 | スイは夢を大切にしている。 |
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女 | 趣味はさかなつり。 |
男 | でも、あまり上手くない。スイのつりざお が、助骨の一本にからまると、僕の胸はひく っと痛む。 |
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女 | 今ね、あなたに着てもらおうと思って、セ ーターを編んでいるの。 |
男 | スイが編み続けているセーター。それは、 時間によって、色が変わる。太陽をアップリ ケしたり、星を刺繍したりしながら、どこま でも広がっていく。 |
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女 | 私、読書も好きよ。 |
男 | スイの本棚には、本がいっぱいだ。スイは 僕の記憶の数だけ、本を持っている。つらい こと、いやなこと、記憶から消してしまいた いことも、スイは本にしてしまう。 |
女 | だって、いいことばかりが、人生じゃない でしょ。でも、がっかりしないで。哀しみの あとには幸せがくるわ。夜のあとには、朝が くるように。 |
男 | スイは、人生を達観している。 |
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女 | ね、ぶらんこに乗りに行こう。 |
男 | スイは、家の近くの児童公園のぶらんこが 気に入っている。もちろん、ぶらんこをこぐ のは僕だ。スイは僕のなかにいて、ぶらんこ を感じている。 |
女 | 空が好き。晴れた空も、曇り空も、雨の日 の空も。 |
男 | スイは、ぶらんこに乗って、僕の感情を揺 する。高く、低く。 |
女 | おっと、散歩の時間だ。 |
男 | でも、歩くのは僕だ。 |
女 | もう、そっちじゃないったら。だめだめ、 右じゃなくて、左。 |
男 | 気がつくと、僕は、知らない街を歩いている。 |
女 | 私の両目は、シグナルの赤と青よ。ウイン ク一つで、哀しみをストップさせることが出 来るの。 |
男 | 反対に喜びをストップさせてしまうことだ って出来るのだ。赤と青、どちらの目をとじ るかで。 |
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女 | ようこそ!スイズバーへ。 |
男 | 夕方になると、スイは、僕の胃袋のなかに 小さなバーを開店する。 メニューは、特製のカクテルだけ。スイの作 るカクテルはおいしくて、自分でも、つい飲 み過ぎてしまうらしい。 |
女 | ジンをベースに、レモンを少々、ミントと グランマニエを加えて、最後にこぼれ落ちる 涙を一滴。 |
男 | 僕はまだ飲んだことがない。どんな味か、 想像もつかない。 |
女 | 一人で飲むと、いつも酔っぱらっちゃうのよ。 |
男 | スイの眠りは、そのまま、僕の眠りだ。僕 は羊を数えながら眠る。何匹まで、数えたの か、いつも、朝になれば忘れている。スイは 僕のなかの会えない羊だ。 |
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女 | 今日も一人でいい子にしてた? |
男 | スイは孤独を愛している。だから、僕にも ひとりであることを望んでいる。僕がひとり でいる時だけ、スイはスイでいられるのだ。 ねえ、いつまで、僕のなかにいるの? |
女 | そうねえ、明日か、それとも50年後か。 |
男 | スイの好きなもの。さかなつり。ぶらんこ 。夢のかけら。幾つもの空。孤独。終わらな い夜… |
女 | 羊が98匹… 羊が99匹… 羊がひゃー ぴき…(だんだん眠たくなってくる声)… お・や・す・みなさーい… |
END |