第102(98/03/13 ON AIR) | ||
---|---|---|
『できました!! HOP・E・LOV・EX・ ラブポーション1号』 |
作:飛鳥 たまき |
|
(春休み、静まり帰った構内。 遠くでテニス部のざわめき。 森 瑠璃子研究室を訪ねる中田の足音が 廊下に響く。 研究室が近づくにつれ、 漏れ聞こえてくる実験音。 中田、居住まいを正し、ノック。 応答のないのを確かめ、再びノック。) |
|
---|---|
森 | 「(内側)どうぞ」 |
中田 | 「(ドアを開けながら)失礼します」 |
(実験音、大きくなる) | |
森 | 「何か?」 |
中田 | 「PH通信の中田と申します。」 |
森 | 「?」 |
中田 | 「森先生はいらっしゃいますでしょうか」 |
森 | 「わたくしですが」 |
中田 | 「今日、インタビューをお願いしてる…」 |
森 | 「インタビュー?」 |
中田 | 「はい」 |
森 | 「…はい、はい。PH通信ね、はいはい、 どうぞ…」 |
(森、中田にイスをすすめる) | |
森 | 「さすがPH通信社ね。耳が早いわ。ニューヨー クでの学会発表のこと聞いて来たの?」 |
(プシューと小さな爆発音) | |
中田 | 「いやー…あのー…はい。とにかく、話、聞いて 来いって…(改まって名刺をさしだす)はじめ まして、PH通信の中田と申します。よろしく お願いいたします」 |
森 | 「森です。よろしく」 |
(二人、椅子に腰をおろす。 中田、テープをセットする) |
|
中田 | 「早速ですが、『ほれ薬』について…」 |
森 | 「『ほれ薬』?えっ?あら、ふふ…。正式には HOP・E・LOV・EX・ラブポーション一 号。ふふ…『ほれ薬』ねぇ」 |
中田 | 「『ほれ薬』って、それを飲めば人に惚れるので すか |
森 | 「そうです」 |
中田 | 「本当ですかー」 |
森 | 「個人差はありますけど、早い人で一時間、遅い 人でも二十四時間くらいでききはじめるはずよ」 |
中田 | 「はずって…」 |
森 | 「そう、ぶっちゃけた話ーーここんとこ、オフレ コにしてね。人間のサンプル数は少し足りない の。ラットにラッビト、ニワトリちゃんとオウ ムちゃんでは実験済みなんだけど」 |
中田 | 「ねずみやニワトリですかー」 |
森 | 「実験段階としては必要、かつ重要なことです」 |
中田 | 「それって、単に性行動に刺激を与えているだけ じゃないんですか」 |
森 | 「あのね、あなた、人間も動物、まずはそこから 始まるのよ」 |
中田 | 「……わかりました。それはさておいて…先生は どうしてそのような薬を作ろうと思われたので しょう?」 |
森 | 「あのね、あなた、人間も動物、まずはそこから 始まるのよ」 |
中田 | 「……わかりました。それはさておいて…先生は どうしてそのような薬を作ろうと思われたので しょう?」 |
森 | 「それは、あなた。感じるところがあったからです」 |
中田 | 「どんな?」 |
森 | 「その前に、わたくしはね、人間は、とくに科学 に携わるものは常にフレキシブルで、柔軟で、 敏感な情感をもっていなければいけないと思っ ているわけです」 |
中田 | 「特に科学者がですか?」 |
森 | 「そうです。つまりです。科学する人間にこそ情 緒が必要なのです。科学する人間が理性と知へ の探求のみで突っ走ってごらんなさい。これは 大変なことになると思いませんか」 |
中田 | 「はあーすいません……それと、『ほれ薬』との関係が…」 |
森 | 「あなた、人に惚れたことは?」 |
中田 | 「えっ?!ぼくですか?そりゃ、あります」 |
森 | 「よかった。いえね、研究室を訪れる最近の若者 達ね、どうも、人を好きになれないらしくて。 早い話、情感とか、情緒が不足してるのよね。 これは、実は科学を志す人にとって、ゆゆしきことだと思ったわけ」 |
中田 | 「それで『ほれ薬』」 |
森 | 「そう!」 |
中田 | (急に実験装置から火花、大きな音。 バン、プシュー、ボン… ガーガーガー、ピピピピピ…) |
森 | 「ちょっと失礼」 |
中田 | (森、機械操作をする。 静かな継続音にかわる) |
森 | 「お茶、いれましょう」 |
中田 | 「すいません」 |
森 | (森、お茶をもってくる) |
中田 | 「いただきます」 |
森 | (二人、お茶を飲む) |
中田 | 「情感ですか」 |
森 | 「そう。人間は本来もっているはずなのよ。それ が何らかの事情、環境とか、教育とかで失われ ていった。これは病ね。病は治さなければいけ ない。そうでしょう、あなた。これは画期的な 新薬よ。」 |
中田 | 「はあー、画期的ですか?」 |
森 | 「感情を興奮させたり、押さえたりする薬は、結 構、古くからあるわ。でも、情感に直接、直接 作用して、情緒豊かにする薬はなかったわ。こ の薬を服用すれば、結果、感情が揺さぶられ、 人に惚れるっていうわけ |
中田 | 「なるほど」 |
森 | 「これが画期的でなくて、あなた、他にいい言い方ある?」 |
中田 | 「前代未聞、古今東西…」 |
森 | 「記者にしておくのおしいわね。うちの研究室に いらっしゃい。わたくしの説を理解できるって いうの、見込みあるわ」 |
中田 | 「はあ、ありがとうございます。ということは、 先生は科学する人間に最も必要なものは何であると?」 |
森 | 「情緒」 |
中田 | 「人間にとって必要なものは?」 |
森 | 「情緒」 |
中田 | 「なるほど……それで先生は『ほれ薬』ですか」 |
森 | 「そう」 |
中田 | 「……先生は人間がお好きなんだ…」 |
森 | 「あら、いいこと言うじゃない。まあ、そんなと ころかしら」 |
中田 | 「先生、恋は?」 |
森 | 「あーーら、そんな質問も有り?」 |
中田 | 「だって、『ほれ薬』を作ろうかという先生ですから」 |
森 | 「ええ、燃えるような恋をしました。十年も前の ことですけど。今思い出しても、胸がたかなる わ。でも、最近、ときめかないのよね」 |
中田 | 「『ほれ薬』、試されましたか?」 |
森 | 「(ぱーっと赤くなって)ええ。効き目はばつぐ ん。わたくし十年ぶりにときめいてます」 |
中田 | 「あ……ちょっと気持ち悪いですね」 |
森 | 「何いってるの。胸が騒ぐということです。風や 陽の光をこんなに感じるのは久しぶり。まるで 乙女よ。雨がふれば降ったで、そう、なんだか 踊りだしたい気分………ああ、でも、このラブ ポーション一号、もう一つ、何かが足らない。 わたくしフォーリンラブの状態には至ってない のですもの」 |
中田 | 「でも…先生のような方が乙女のようになってい らっしゃるんでしょう。大成功ですよ」 |
森 | 「そうね、あなたにも協力してもらったし」 |
中田 | 「えっ?!」 |
森 | 「お茶に一ミリグラム入れさせてもらいました」 |
中田 | 「そんなー、断りもなく失礼ですよ」 |
森 | 「心配しなくても大丈夫。豊かな情緒を持つので すもの、なんら問題はありません」 |
中田 | 「それでも、そんな…あー……どきどきしてきま した」 |
森 | 「そお。(時計を見ながら)四十二分。あなた、 特別効き目が早いわ。よかった。学会発表に間 に合ったわ。もう一人サンプルがほしかったの」 |
中田 | 「ああ………ぼく…………インタビュー終わります……」 |
(テープをきる音。 実験音大きくなる) |