第101話 (98/03/06 ON AIR)
『春になるまで』 作:松田 正隆

登場人物
男(タキザワ)
女(ミヤシタ)




―冬のおわり。病室。
 寝台の上の男。かたわらに椅子にすわった女。
 話の途切れたのをつくろうように女…。
「…東京の方、大雪なんやて。」
「あ、ほんま…」
「うん。テレビのニュースで言うとった」
「ふーん。」
「今年、こっちは雪、全然降らへんかったな」
「うん、そういえばそうやね」
-間
それ、「映らへんの」
「え?」
「そのテレビ」
「…。世の中がどうなってんのか、あんまり知らんねん」
「ふーん」
-間
「…ああ、お茶。」
「え?お茶?」
「飲みたかったら、いれよか?それないやろ、もう。」
「ああ、もうええよ、私は…。タキザワ君は?」
「いや、オレももうええねん…。」
「あ、そう」
-間
「…今日は、ホンマありがとう。」
「え?何が?」
「いや、わざわざ見舞いに来てくれて…。」
「ああ、いや、ええんよ別に」
「そやけど、ミヤシタさんが来てくれるとは、思わへんか
ったわ。」
「え?ああ、そうなん。…何で?」
「何でって…。いや、何でやろ…。まあ、びっくりしたわ。」
「へえ…。アハハ…」
「…卒業旅行とか、行かへんでええの。」
「うん。」
「…へえ…そう」
「私、そんなん行くようなトモダチおらへんねん。」
「ああ、そうなん」
「バイトもあんまり休まれへんし」
「…何してんの?バイト」
「居酒屋。何や、きったないとこやねん」
「ふーん」
「退院したら飲みに来てや。きったないとこやけど…」
「え?ああ、退院したらね…。そやけど、もう就職決まってん
のと違うの?」
「…。4月までお金ないし、バイトすんねん」
「ふーん。…何時からなん?」
「5時」
「え、ほな、もう行かなあかんやん。」
「うん、…まあ、…まだ、大丈夫なんやけど」
「ええ、でも、4時半やで…」
「うん、ええねん…」
「…フーン」
「ここから、新幹線見えるんやね」
「ああ、うん…そうやね」
―と、男、窓の外を見る。
「…タキザワ君、卒業式、出られへんの?」
「え?ああ、うん。…無理やな…たぶん」
「そっか…」
「…」
「…ふーん、残念やね…」
「えっと…あれ?ああ、もうこんな時間か…。夕飯の時間な
…」
「…」
「…病院は早いねん…。何でもが…ホンマ困ったもんやで…」
「…」
「今日は、ほんま、ありがとうな」
「え?…うん…」
「…もう、ごはんやし…」
「…うん」
「…バイトは?」
「え?…」
「ええの?時間。」
「ええの。」
「…そう…」
「私、まだ、…ここにいたいねん」
「え?」
「…タキザワ君と…」
「いや…アハハ…え?」
「…ええやろ」
「…いや…まあ、ええけど…」
「迷惑なん?」
「何で。そんなことないよ。」
「びっくりしたんやろ」
「え?」
「びっくりするわな。ずっとそんな顔してたもんな。何で、こん
なんが来るんやろて」
「いや」
「ええねん、わかってんねん。私かて、タキザワ君とは、ゼは
一緒でも、四年間で17回しかしゃべったことなかったんや。
それに、私こんな顔やし、服かて地味やし目だたへんもん。
そら、早よかえってほしいって思うに決まってるわ。」
「いや、そんなことないって」
「17回って、そんな感じやねん。そんな距離やねん。あたま
えや。私、わかってたんや。そやけど、私来てしもうた…。
タキザワ君、やさしいな」
「え?」
「やさしいわ…。やさしすぎるねん。何で早よかえれって言わへ
んの?私、つけあがるやんか。つけあがるねんで、あんまりやさ
しされたことないねんから…。」
「…」
「これ。」(と、渡す)
「え?」(と受けとる)
「別に、たいしたもんと違うねんけど…お見舞いに来たのに手ぶ
らやいうのもナンや思うて…」
「…何?」
「何って…。何って言われて応えるようなもんでもないねん…お
守り。…いつやったかなあ。ああ、そうや。初もうでのときや。
…ちょっと買うてみたんよ。…」
「…あ、…どうも…ありがとう」
「ホンマ早よ治ったらええのにな。」
「うん…。」
「…五回、通ったんよ。」
「え?」
「新幹線。私がここにすわってから」
「ああ、そう…」
「あっちの方に三回…こっちに二回…。五回とも思うたんよ…い
つか、あれに乗ってタキザワ君とどっか行けたらええなあって…」
「…」
「ほな、かえるわ。」
「え?ああ…」
「おだいじに…」(と立つ)
「うん…」
「…また、来るかもしれんけど、ええかな…」
「うん、ええけど…」
「ほんまに?」
「…うん」
「ええの?」
「うん」
「ありがとう…。…あ!あかん、バイト、チコクや。早よいかな
…。バイバイ。」
―女、ドアを開け病室を去る
―遠くを列車が通る。
男、タメイキをついて、TVをつける。ニュース(東京の大雪の、
あるいは、どこかの何かの事件)を読むアナウンサーの声が流れて。