第98話 (98/02/13 ON AIR) | ||
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『レシピ』 | 作:伊藤 昌弥 |
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冬の深夜。マンションの廊下に響くヒー ルの靴音。息を潜めて待つ一人と一匹。先 程から裏切られ続けているのだ。が、靴音 はドアの前で止り、鍵の鳴る音がして…。 |
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猫 | ふぎゃあ! |
娘 | うわあ |
父 | 遅い! |
猫 | うぎゃ、ぐぎゃ。 |
娘 | 何ー?! みいもお父さんもこんなとこで。 |
父 | お前を待っとったんや。 |
娘 | 今日は歓迎会で遅くなるって言うたでしょ。 |
父 | ほんでも、もう12時やないか。 |
娘 | 初出勤やしさ。 |
父 | 理由にならん。 |
娘 | 何でよ、お父さんかて、よう仕事や言うて飲 んでくるやん。 |
父 | 小娘が偉そうな事言うな。 |
娘 | あ、お母さんに就職の報告せな。 |
父 | あ、ああ、早いとこしてこい。 |
娘 | お母さん、お父さんが機嫌悪いしたはるわ。 どうしたらいい? |
仏壇の鐘の鳴る音。 | |
猫 | うんぎゃ、ふんぎゃ。 |
娘 | 何、みい?お父さん、みい何怒ってんの? |
父 | 腹減っとんのや。 |
娘 | あれ、キャットフードもう無かったっけ。 |
猫 | がるる・・・。 |
娘 | ああ、ご免ねえ、可哀想に。お腹空いたなあ。 |
父 | 儂もや。 |
娘 | ええ?お父さんも? |
父 | ほうや。 |
娘 | 何なとあったでしょ。ぶりも買うといたし。 |
父 | 生で食えちゅうんか。ええ?猫やあるまいし。 |
娘 | もう、いい加減、機嫌直してよ。(冷蔵庫を 開ける) |
父 | ああ、冷蔵庫は開けたらあかん。 |
娘 | ええ? |
猫 | しゃあー! |
娘 | みい!? |
猫 | がるる・・・(キャットフードに飛びつきむ さぼっている) |
娘 | 冷蔵庫にキャットフード? |
父 | ああ、それな…。 |
娘 | いや、ちょっと、みい!パンスト破れたやん か。もー、二千円もしたのに…。 |
父 | 腹減って気い立っとんのやろ。 |
娘 | 大体、何でこんなとこに入ってんのよ。 |
父 | 何ででもええやないか。それより儂の飯。 |
猫 | にゃあー! |
父 | 何や、何で、儂を見るんや。 |
娘 | いや、ちょっと、お父さんが隠したん? |
父 | ん、いや、しけたらいかんやろ、しけたら。 |
娘 | …信じられへん。自分がお腹空いてるからっ て、みいまで道連れ? |
猫 | にゃあー。 |
娘 | なあ、みい、可哀想に。 |
父 | ほんなもん、ご主人様が腹減らしてんのに、 猫が満腹てな事あるかい。 |
娘 | やっぱり、そうなんやん。 |
父 | ああ、もう、猫の事みたいどうでもええやろ。 |
娘 | ようないよ。どうしてくれるんよ私のパンスト。 |
父 | ほんなもんはいてるしや。 |
娘 | 会社行くのに、はかなしゃーないやん。 |
父 | そんな、はいてるかはいてへんか分からんよ うなもんがか。 |
娘 | 社会人としての身だしなみ。 |
父 | 半人前が偉そうに。 |
娘 | お父さんこそ。 |
父 | 儂は一人前や。 |
娘 | ご飯も作れへんくせに。 |
父 | 何やと。 |
娘 | 挙句にみいのご飯まで隠すわ、パンストは破 かれるわ。 |
父 | ああ、もう、ほな、勤めなんかやめてしまえ。 |
娘 | 何よそれ。 |
父 | タイツだが股引だかぐらいでぐじゃぐじゃ言 うてるようでは続く訳無い。 |
娘 | 娘がやっと就職できたって言うのに、そんな ん言う?おまけに初出勤で疲れて帰ってきて んのに。 |
父 | 儂かて疲れとるわ。 |
娘 | ああ、そう。お互様やね。 |
父 | 儂は腹もへっとんのや。大体、お前の腰掛み たいな仕事と儂の仕事と一緒にすんな。 |
娘 | …分かったわ。何食べたいの。 |
父 | 何でもええわ。 |
娘 | ぶり大根でどう? |
父 | おお、ええなあ。ああ、味噌汁も付けてくれ。 ちょっと薄い目でな。 |
娘 | 分った。 |
父 | 後、茶。 |
娘 | ・・・。 |
父 | おい、茶って言うとるやろ。 |
娘 | ・・・どこやったっけなあ。 |
父 | そんな上に茶っ葉入れとんのか。 |
娘 | あった、あった。 |
父 | 何やそれ。 |
娘 | お母さんのレシピ。 |
父 | ええ? |
娘 | はい、これがぶり大根のレシピ。これが味噌汁の。 |
父 | レシピ? |
娘 | お母さんが死ぬ前に書いてくれたんよ。 |
父 | そうか…。あいつの字か、懐かしいな。…よ う、こんなもん残しといたな。 |
娘 | いつかいると思って。 |
父 | うん? |
娘 | 良かったな、お父さん。これで晩御飯食べら れるで。 |
父 | どういう事や。 |
娘 | じゃあ、私は寝るから |
父 | ええ?儂が作るんか? |
娘 | 一人前なんやったらそれぐらい出来るでしょ。 |
父 | お、おい!儂を餓死させる気か! |
娘 | 中学生の私でもそれ見て作れたんやからね。 |
父 | おい、ちょっ、待て! |
非情に扉の閉る音。 | |
猫 | にゃあー。 |
父 | おい、お前、えらいもん残していったなあ…。 |
仏壇の鐘の鳴る音。 |
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翌朝。 | |
娘 | うわあ・・・。 |
父 | おはようさん。 |
娘 | ご飯、出来てる。 |
父 | おう。 |
娘 | まさか、みいに作らせたとか。 |
父 | あほ言うな。 |
猫 | みゃあー。 |
父 | ほれ、みい。かつぶしの残りやろ。 |
娘 | 出汁から取ったん? |
父 | そう書いたったがな。ほんで儂徹夜したんや。 |
娘 | おいしい。 |
父 | そやろ。 |
娘 | …お父さん、昨日はごめんな。 |
父 | あ、いや。 |
娘 | 私、ちょっと、疲れてたしさ。 |
父 | いや、儂も大人げなかったと思てる。 |
娘 | ううん。 |
父 | まあ、儂もお前に言われてな、ちょっと反省 したさかい。 |
娘 | そうなん? |
父 | お前もいずれは嫁に行く訳やし、お前の言う 通り、自分の事ぐらい自分で出来んとな。 |
娘 | そうやで。 |
父 | お前も慣れへん仕事で大変やろけど、まあ、 仲良くやっていこやないか、な。 |
娘 | これからも宜しくお願いします。 |
父 | ほな食おか。 |
娘 | うん。 |
父 | あー、どっこいしょ。おい、新聞。 |
娘 | ええ? |
父 | あ、飯はようさん目によそってくれ。 |
娘 | ・・・。 |
父 | なんや、何書いてるんや。 |
娘 | ご飯の装い方レシピ。 |
猫 | ・・・にゃあ・・・。 |