第95話 (97/01/23 ON AIR)

『幽霊とわたし』 作:松田 正隆

登場人物
1.男
2.女(幽霊)



―安ホテルの部屋。ベッドの上の男女。 男、タバコに火をつける
「…私、ちょっと声、大きかったんやない?」
「え?いや、そうでもないんちゃう…」
「となりに聞こえてへんやろか。」
「大丈夫やろ」
「もうちょっと、マシなホテルないのん?…私、もういややわ、
こんなところばっかり…。」
「しゃあないやろ。安いんやから、ちょっとはガマンせえや」
「…ホラ…となり…聞こえるやろ…。…。」
「…うん…。」
「まるで、ケダモノやな。」
「こうゆうところはな、隣り部屋同士で気分をたかめ合うって
いうメリットもあんねんで。」(と、またせまる)
「ちょっとやめえな!」
「何で」
「私はな、港の見える、夜景のきれいなシティホテルなんかで、
一夜をあかしてみたいって言うてんのやで。ね、ええやろ、
たまにはそんなとこ連れてってよ。」
「ああ…。今度な…コンド…。」
「今度、コンドって。いっつも、それや…。」
「あのな、ぜいたく言うたら、あかんわ…。ここのホテル代かて
オレが払うてんのやで…。」
「ほんま、ケチやな、あんた…。」
「嫌なら、やめてもええねんで…。もう会わんとこか。」
「……。」
(タバコを消して)「ああ、もう、しらけてしもうたわ…。」
「ごめんなさい。」
―間。
「…そんなこと言うのやったら、わざわざ外で会わんでもええ
んやん…。」
「外で会わんで、どこで会うねん。」
「あんたの家。」
「ウチ?ウチはあかんわ。」
「何で…もう、奥さんもおらへんのやから、気にせんでもええや
ん。」
「まあ、そうやけど…。じゃあ、お前のアパートはどうや…。」
「あかん。」
「何で」
「私、アパートあらへんねん。」
「え?」
「私、住んでるとこ、あらへん。」
「え?何言うてんの。」
「自分の家は、さすがに気がひけてあかんのか。」
「え?」
「無理もないわ…。死んでまだ半年やからな…。」
「…。」
「そやけど、死んで半年やのに…これやで…。ええな、生きとる
もんは。」
「え?」
「それとも、私が生きとるときからの仲なんか?この女。」
「…は?…ええ?」
(少し笑って)「何やのん。どないしたん、びっくりした顔して。
私やんか…。ワ・タ・シ。」
「ああ!!」
「お久しぶりやね。」
「お、…お前、いつの間に。」
「何言うてんの。さっきからずっと一緒におったやん。」
「じゃあ…お前」
「ちょっと、あんたの女のカラダにのりうつってみました。どんな
もんなんやろ思うて。」
「何でそんなことすんねん。」
「私もごぶさたやしな、ここんとこ。」
「あたりまえやろ、お前は死んだんやで。」
「幽霊かてな…、さみしいねんで、わかるやろ。」
「わからへん!」
「しゃあないやんか。会いたなったんやから。」
「じゃあ、お前…ヤスコは…」
「ヤスコって?…ヤスコって誰のことよ。」
「えっ?ああ…いや…。」
「この女、ヤスコっていう名前なん?」
「うん…」
「へぇ…。」
「お前な、どうでもええけど、他人のカラダ利用して出てくんのは
やめてくれ。」
「あんた、こんなカラダのどこがええの。」
「いや、それは、その…」
「わたしの方が、もっとええカラダやったわ…。ホンマにこんな、
真ッ茶ッチャな髪のどこがええの。クーッ。(と、髪をひっぱる)
みんな抜いたろか。」
「ちょっと、やめろや。」
「もう、忘れてしもうたん、私のこと。」
「そんなことないよ。」
「忘れたし、こんな女とつき合ってんのやろ。」
「いや、違うってそれは。」
「じゃあ、私の名前を呼んでくれる?」
「え?」
「ねぇ…忘れてへんのやったら、私のこと、前みたいに、呼んでく
れる?」
「…。」
「やっぱり、忘れたん」
「いや、そんなわけないやろ。」
「それじゃ、ええやん。ね、今すぐ…早よ…ねえ…早よ。」
―間。
「え?」
「…誰やのん。キョウコって…。」
「え?…いや…。」
「誰のこと?…あんたの昔の女?…それとも、奥さんの名前?」
「え?…じゃお前…やっぱり、ヤスコなんか?」
「何言うてんの?」
「え?」
「誰?ヤスコって…。」
「ええ?!」
「フフフフフ…」(と、笑う)
「誰やねん、お前!」
―音楽。
                          ―おわり