第94話 (98/01/16 ON AIR)
『ブレイム』 作:冬乃 モミジ




〈雨の音〉
ワタシ リトーの見ためは、人間と変わらない。
リトーの心も、人間と変わらない。
だから、私は、彼がロボットだということをすっかり忘れている。
ワタシ リトーには、腕がない。でも、なんでもできる。ダンスも得意
だし、歌もうまい。なにより彼が素敵なのは、話を作るのが、
とても上手なことだ。リトーは、お話ロボットだから、当り前
といえば、当り前だけど。ロボットの彼に心があるのは、きっ
とお話ロボットだからだろう。
リトーは、いつも袖の長い服を着る。私は、その袖の中に綿を
つめて、袖の先には手袋を縫いつけて、手をつないで散歩をす
る。公園や、線路の脇の坂道で、私は、大笑いをしたり、泣い
たり、驚いたりする。そして最後は、いつも笑っている。
カレ 「丸山青果店のおばちゃんと、エーゲ海に住むイルカに、実は
意外なつながりがあるんだ――」
ワタシ 毎晩、彼の話を聞きながら眠る。夜のは、ちゃんと心地よく眠
れるような話だ。彼は、そういうとこ、ちゃんと心得てる。
カレ 「暖炉の前のテーブルに、リボンのかかった箱がある。…君の
だよ――」
ワタシ 私たちは、とてもうまくいっていた。
私は、彼がとても、好きだし、彼も、この暮らしが気に入って
るようだ。近所の人の多くは、彼がロボットだと知らないので、
二人を恋人同志だと思っているらしい。いっそ、そうなればい
いと、私は思う。私たちは、とてもうまくいっていた。
ワタシ 昨日、という日は、きっと一生忘れられないヒドイ一日だった。
すごい偶然が見事に重なって、バケツの水を頭からかけられる
みたいに、悪いことばかりが、私の上に降ってきた。
夜になる頃には、もうくたくたで、悲しくて、情けなくて、些
細なことが私をイラだたせた。
彼は、私を元気づけようと、言葉をさぐりながら、話をしてくれた。
カレ 「…いいかい…よく聞いて…君は……でも……それはきっと…
…」(彼の話す言葉はあまり耳に入ってこない)
ワタシ 私は、…それがとても嬉しかった。…なのに、私は、彼をさえ
ぎってこう言ったのだ。
「私は今、あなたの話が聞きたいんじゃなくて、…あなたに抱
きしめてほしいのよ!」
ワタシ 世界は無音になって、彼の顔から、表情が消えて、ゆっくり立
ち上がって、そして、出ていった。
ワタシ とり返しがつかない。
これまでにも、私、たくさん過ちを犯した。なんでその前に、
気がつかないんだろう。
私はあなたに、何と言ったのだろう。
なんていう、振る舞いをしたのだろう。
どうして、大切な人を傷つけるのだろう。
どんなに、後悔しても、元に戻らないものがある。
私の言葉は、消えない。
〈雨の音〉〈彼女は彼を探している〉
ワタシ ドウカ、コノ、アヤマチヲ、ノリコエラレマスヨウニ。
〈雨の音〉
〈人の気配〉〈物音(靴音でも)〉〈彼だ〉
ワタシ 〈呼びかける〉「…リ…ト…」
彼は、今まで見せた事のない沈んだ顔で、静かに、こう告げる。
カレ 「僕は、今度、掃除ロボットにでも、つくり直してもらうよ。」
ワタシ 「…そしたら、…心がなくなる。」
カレ 「…。」
ワタシ 「それから、…今度、あなたに抱きしめてほしくなった時は、
…今度は、私が、あなたを抱きしめる。…一緒のことだもの。」
〈雨の音〉
カレ 「僕は、いつも、君を、包んであげられるような、話をしたい
と、思っているんだ。」
「…。」