X'mas Special (97/12/23 ON AIR)
『冬の観覧車』 作:松田 正隆

登場人物
1.男
2.女



…ある遊園地のベンチ。二人の男女。人々の歓声。
「…ああ、もう、退屈やなぁ…。」
「何か乗って来たらええやん。ジェットコースターとか…。」
「そやし、一緒に乗ろうや。」
「ええって言うてるやろ。」
「こわいんやろ。」
「こわないって。」
「じゃ、何で乗らへんの。」
「何でもええやん。」
「ほんなら何でここ来たん。こうやってぼーっとベンチにすわってる
だけやったら、わざわざこんなとこまで来んでもええやんか…」
「お前が来たい言うからやんか。」
「行ってもええよ言うたんはあんたやないの。」
「ジェットコースターとか、そんな子供の乗るようなもん、
オレは嫌いなんや。」
「ここは遊園地やで。大人のあそぶようなもんが何であんの。」
「…」
「(小声で)…全く、何しに来たかわからへんわ」
「(小声で)…そやから、一人で乗って来ればええって言うてる
んやないか…」
「何で私だけ一人で乗らなあかんの。そんな人どこにもおらへんわ。
となりに男の人がおって、その人のたくましい腕つかんで、
キャーッ、キャーッって言うから、おもろいんやないの…。一人
で、つつましやかに乗っててもアホみたいやんか…。」
「…そこのゴミ箱と一緒に乗って、それにしがみついとったらえ
えやんか。オレの腕は、たくましゅうできてへんのや。」
「もうええわ!」
…遊園地の喧噪。やがて、遠ざかる。
…観覧車の回る音。二人はゴンドラに乗り込み、ドアを閉める。
「…これやったらええやろ。」
「…まあ、…ええけど…。」
「ベンチにすわってんのと、かわらへんやんか…。」
「まあ、そうやけど…」
「なに…何か文句あんの。」
「いや、ないよ、別に…」
「顔が不満そうやない。」
「あのな、オレは生まれつきこんな顔しとんのや。ほっといてくれ。」
…間。
「…やっぱりこわいんやろ」
「こわないって」
「こわいんや」
「こわないって、何べん言うたらええねん。」
「ほら、ほら(とガタガタゴンドラをゆらす)」
「ちょっ、やめろや!」
「…」(笑う)
「何がおかしいんや。」
「これからもっともっと高なんのやで。大丈夫なん?」
「大丈夫に決まってるやろ」
「…」(笑う)
「笑うなって」
「…いや、だっておかしいんやもん。」
「あのな。」
「下見たらあかんて。…視線をあげて、地平線の方、見とったら
ええのよ。」
「うん…。わかってるって…」
「(笑いつつ)…そやけど…こんなに遊園地が嫌いな人もおらへんわ…」
「…別に、嫌いなわけやないって…」
「…顔の表情は正直やからなあ…」
「お前ホンマに意地悪いんやなあ…。」
「…」(笑う)
…観覧車は回る。
「よう見えるなあ…。あっ…私の家…。ほら、ほら、あのコンビニ
のとこ…見えるやろ」
「うん…」
「あんたの家は…ええっと…どこ?…。」
「…オレな…子供の頃…来たことあんねん、遊園地。こんな大きな
ところやなかったんやけどな…。まだ、小学校あがる前やったかな…
親父と二人で…。」
「…へえ…」
「親父が、何でもお前の好きなんに乗ったらええぞって言うから、
オレ、メリーゴーランドに乗ったんや…。」
「ふーん。」
「…最初のうちは、一周、二周とぐるぐるまわるたんびに親父が
見とってくれたから、安心してたんやけど…そのうち、夢中になって
しもたんか、ふっと気がついたら、親父がおらへんねん。何周
まわっても、どこにもおらへんねん…。止まって、木馬から降りて
いろいろ探しまわってみても、おらへんねん…どこにも…。
ほんま、血の気がひくって言うたらええんやろか…。どない言う
たらええんやろ…わからへんわ、あんときのことは…。」
「…それで、どうしたん?」
「係員の人に事務所みたいなところに連れて行かれて…呼び出して
もろうたんやろな、アナウンスで…しばらくしたら、親父が来て…。」
「へえ、よかったやん…迷子にならんで…」
「…うん…そうなんやけど…。…でもな…そのときオレ…親父の
顔見ても、あんまりうれしなかってん…何でやろ知らんけど…。
ちっとも、うれしなかったんよ…。」
「…何で…」
「親父…もしかしたら…オレから逃げたなったんちゃうかな…。
何や…そんなふうに思うたんかもしれんなあ…。」
「…そんなわけないやん。」
「…うん…そんなわけないか…」
…間。
「なあ…」
「うん?」
「そっち行ってもええかな。」
「え?」
…女、動いて男のとなりにすわる。ゴンドラが動く。
「おい…ちょっと…あぶないやろ…あかんて…」
「ええやない…」
「バランス悪いやんか…」
「大丈夫やて」(と、男を抱いて)
「…おい、ちょっと…やめろや…。はずかしいやろ。」
「誰も見てへん…。見られへんねん…下界の人は…。」
「ええ?何で…」
「ここは天国にいちばん近いんやから…。」
…二人抱き合う。観覧車はまわって、ゴンドラは地上へ近づいてゆく。