X'mas Special (97/12/23 ON AIR) | ||
---|---|---|
『天使が生まれる。』 | 作:冬乃 モミジ |
紳士 | 時々、天使が生まれることがある。 ほんとだよ。 見分けるのは、簡単。 目を見ればいい。どれが小さな赤ん坊でも、大人でも、すぐにわかる。 白いセーターを着ている時は、特にわかりやすい。そう、天使は、 白い、やわらかいセーターがとてもよく似合うんだ。 |
---|---|
天使 | 「こんにちわ。」 私は、その紳士に声をかける。 「何の花が咲くの?」 彼は、ジョーロで花壇に水をやっている。その紳士が住む家を ぐるりと一周している花壇。紳士は、花壇に水をやるときにも、 きちんとした身なりをしている。着心地のよさそうな白い上下。 私は彼の素敵な白い帽子が大好きだ。 |
紳士 | 「冬の花だよ。」 |
天使 | 花の名前を聞いても、彼はわからないという。 |
紳士 | 「とても奇麗な、冬の花さ。」 |
天使 | 今日、私が歩いてきた道にも、たくさん花が咲いている。 みんな彼が水をやっている。 |
紳士 | 「名前はないんだ。僕にも君にも名前がないように。…数えきれない くらい、名前なんて覚えきれないくらい、色んな花があるからさ。 でも、どれもこれも大好きなんだ。」 |
天使 | 私は、ちょっといじわるな質問をしてみる。 「特別に好きな花はあるの?」 彼は、ジョーロの手を止めて、それから楽しそうに笑って答える。 |
紳士 | 「あるよ、…でもナイショ。」 |
天使 | そこで、彼は、私が今日来た理由に思い当たる。 |
紳士 | 「あれ、今日だった?」 |
天使 | 「はい。」 |
天使 | 紳士は、ジョーロを花壇のわきに置いて、素敵な帽子をはずし、 私を部屋に招き入れ、お茶の用意をはじめだす。部屋の真ん中 には、真っ白なクリスマスツリー。 「本当は、イヴのはずだったんだけど、少し早く行くことになって。」 ハーブティーのいい香りがする。…きっと彼は、このハーブの 名前も知らないのだろう。 「お父さんは、…クリスマスだといいって思ってたんだけど… 早く行ってしまってがっかりしないかしら。」 紳士は笑っている。 |
紳士 | 「しないさ。」 |
天使 | 「だといいけれど。」 |
紳士 | 「それが今日になったのは、今日がそれに一番ふさわしい日だからさ。」 |
天使 | 「12月…23日?」 |
紳士 | 「そう。」 |
天使 | 紳士の言葉は、彼のいれてくれた暖かいお茶とおんなじだ。 |
紳士 | 「そこは、どんなところ?」 |
天使 | 私はその街の話しをする。 「海があって、…港があって、…風が吹いてて、…人が…たくさん 集まる街なんだって。」 |
紳士 | 「そう。」 |
天使 | 「私の家の窓からも海が見れて、小さなベランダには色んな花があって。」 |
紳士 | 「お母さんに、花の名前を教わるといい。」 |
天使 | 「はい。」 |
天使 | 私は紳士の顔をじっと見る。帽子がなくても、じゅうぶん素敵。 意外と、きりりとした顔。 「私、2020のクリスマスに、大切な人と、巡り会うんだって。 …貴方のような人だといい。」 彼は、それはどうも、と言って、次のように続ける。 |
紳士 | 「その頃には、すっかり僕のことなど忘れているよ。」 |
天使 | そんなことは知っています。 「私がいつか巡り会うその人も、ちょうど今、同じ街にいるん ですって。」 |
紳士 | 「サンタクロースのプレゼントを信じて、待っている小さな男の子。」 |
天使 | 「はい。」 |
紳士 | 「楽しみだねぇ。」 |
天使 | 「はい、とても。」 |
天使 | 私は、彼のもてなしにお礼を言って、花の館をあとにする。 「いってきます。」 |
紳士 | 「ずーっと先に、また会いましょう。」 |
天使 | 「はい。」 |
(鉛筆でノートに書き込むような音) | |
紳士 | 「1997年12月23日午後3時ちょうど。…いってらっしゃい。」 |
天使 | 大きな白い扉の前に立つと、それが静かに開く。 扉の向こうには、何にも見えないけれど、私はそこにゆっくり 入っていく。 紳士の言葉を思い出す。 |
紳士 | 「それが今日になったのは、今日がそれに一番ふさわしい日だからさ。」 |
天使 | …私はどんな名前になるのだろう。…いつか、お母さんに教わ る花の名前と引き替えに、彼の事をすっかり忘れてしまうまで、 彼がいってくれたことを覚えていられますように。 |
〈産声〉 | |
紳士 | 「…僕が花に水をやるとき、地上にはやさしい雨が降るよ。寒い 時には、雪になる。…君の誕生日に、君が望むなら、君の街に、 静かに雪を降らせてあげるよ。 ハッピーバースディ、それからメリークリスマス。」 |
天使 |
私はたった今、港の見える、とある病院で、生まれました。 |