第90話 (97/12/19 ON AIR)
『ローソク夜』 作:松田 正隆

登場人物
1.男
2.女



…停電になった真っ暗な女の部屋。

「何でこんなときに停電やねん。」
「知らんよ、私に言われても。」
「ローソクとか、お前、持ってへんよな。」
「…ちょっと待って…今、つけるし…。」
(と、マッチでローソクに火をつける)
「え?…何でそんなもん持ってんねん。えらい用意周到
 やないか。」
「あのな…今日は何の日や思うてんの。」
「え?…ああ、そっか。キリストさんがお生まれになっ
 た日やな…。」
「プレゼント買うて来たん?」
「いや…。」
「何しに来たんよ!」
「お前が来い、言うたんやないか。」
「ちょっとは気ィきかせたらええやろ、クリスマスなんやから。」
「オレ、仏教徒やしな、そんなん関係ないねん。それに、
 人の誕生日やで。お前の誕生日やったら話は別やけど…。」
「私の誕生日やっても、プレゼントとかせんくせに…。」
「あ、そうか…」
「ほんま、情緒っちゅうもんを知らん人やな。」
「そんなもん知っててもカネになるわけやないしなあ…。」
「あーあ。せちがらい世の中や。」
「(ヘックションとくしゃみ)…寒なって来たな。」
「外、雪、降ってたん?」
「うん。ちょっとだけやったけど、降ってたわ。こんなとき、
 不便やな…電気ストーブ。」
「うん…コタツもつけへんしな…。何か貸そか、上着…」
「ええよ、大丈夫や…。」
…間。

「ローソクだけやね。」
「え?」
「あったかそうなん。」
「うん…。…何か、見とったら、ロマンチックな気分に
 なるもんやねえ…。」
「おっ…、情緒におぼれとるな。」
「まあ、たまにはな…。」
「…きれいやね、ほんま…。」
「うん…。」
…二人、火を見つめる。

「プレゼントや…。」
「え?何が?」
「停電…。これは日本政府からのおくりもんなんや。」
「何でやのん。停電はこのへんだけなんちゃうのん」
「いやいや、きっと、日本全国そうやねん。……最近、
 景気も悪いし、ええことないやろ。そやから、イヴの晩を
 停電にして、国民にロマンチックをプレゼントしてんねん。」
「そんなことするわけないやないの。」
「オレが総理大臣やったら、それぐらいのことしてもええて
 思うけどな。ローソク一本で、各家庭が幸せになれる。
 省エネ時代には最適やないか。」
「貧乏なフリーアルバイターの考えそうなことやわ。」
「あ、そう…。すんまへんな。」
「あーあ。どっか行きたいなあー。」
「何やねん、いきなり…。どこにやねん。」
「どっか。誰もおらんし、誰も知らんようなとこ…。」
「そんなとこあらへんわ。」
「…。」
…間。
…女、フーッと息をふきかけ、ローソクを消す。

「おい。何すんねん。暗いやないか。」
「…」
「おい…。」
「(ヘックションとくしゃみ)」
「何や。かぜひいたんちゃうか。」
「…外…。雪…つもってんのかなあ…。」
「どうやろ…静かやしな…つもってんのとちがう?」
「…私な…ときたま、ある女の人のことを考えんねん。」
「誰やねん、女の人って。」
「いや、誰ってわけでもないんやけどな。…その人な、
 フィンランドか、ノルウェーか知らんけど…そんな
 北の方の国の、雪の真ッ白につもった平原に立ってんねん。」
「…何で…。」
「何でかしらんよ。…とにかく立ってはんねん。そこで、
 何時間も…いや何日間も、ずっとずっと、雪が真っ暗な
 空から降って来んのを、その女の人はながめてんねん。
 …ただ、雪だけが、たえまなく降ってくるのを…。
 音のない世界で…。」
「…。」
…間。
「…私、…あんたと別れるようなことがあったら、きっと
 その女の人のように…雪の真白につもった平原にずっと
 ひとりで、おることになると思うわ…。
 私、いややで…。そんなん…いやや…。」
「…何言うてんのん。これ、火つけるで。ローソク…。」
「…」
…男、マッチでローソクに火をつける。明るくなって。

「…何やねん。何笑うてんねん。気持ち悪いなあ…。」
「…よかったなあ、思うて…」
「何が…」
「あんたがそこにおって…。あんたにまた会えて…。」
「…。お前、今夜はどうかしてんのとちがう?」
「ええねん。クリスマス・イヴやし…。ちょっとはそんな
 気分にもなりまんがな。」
「何や、そのベタな関西弁は。」
「あ。」(と、あかりがついたのだ。)
「あ、ついた。」
「まぶしいな」
「あ、消そか、ローソク…ああ、そやけど、消すとくさいしな
 けむり、どないしようか…つけとこか。(と、ひとりごと)」
「(男のぶつぶつにかぶせて)あーあ。どっか行きたいなあー。」
「行けや。外、寒いで。」
…ラジカセからはジョンレノン「スターティングオーバー」が
 鳴っていた。