第81話(97/10/17 ON AIR)
『たむましん』 作:淵野 尚



さあ、やっとできたで、タイムマシン。寝食を忘れて打ち込んだ
成果がこれや。どや、立派なもんやないか。なあ。わいもこれで
一人前のマッドサイエンティスト。あかん。なんやふらふらする
な。無理も無い。なんせ一週間近く呑まず食わずやもんな。なん
ぞ食お。と言っても食べるものがあらへん。嫁はん、こんなわい
に愛想尽かして出ていったまんまやもんな。阿呆やなあ。タイム
マシンが完成したからには、なんぼでも贅沢させたるのになあ。
せやけど今のわいは素寒貧や。しゃあない。誰ぞに金借りて、と
りあえず飯食お。あかんあかん。誰がわいに金貸してくれるねん。
それでなくても借金で火だるまのこのわいや。ぎょうさんおった
友だちもひとり去りふたり去り。みんなわいのことをきちがい見
る目で見くさってからに、ほんまにもう。せや、このタイムマシ
ンでちょこっと未来へ行って、未来のわいから金借りたらええね
ん。いくらしぶちんのわいでも、身内の頼みは断れんやろ。それ
にタイムマシンの発明で奴さん大金持ちになってる筈。うん、こ
らうまい考えや。さっそく行ってこましたろ。
S.E.

「ズィーン」というような、機械の作動音。
男優が口で言ってもよい。

さあ、着いたでえ。ここが未来か。なんやあんまし変わってへん
なあ。相変わらず薄汚い四畳半や。それに未来のわいはどこ行っ
たんかな。誰もおれへん。まあええわ。勝手知ったる自分の部屋。
あれ、金の隠し場所、変えくさったんかな。一銭もあらへん。う
わ。びっくりした。ああびっくりした。チャイムの音に思わず隠
れてしもうたけど、よう考えたら何も隠れる必要あらへんがな。
ここはわいの部屋であってわいはあるじや。コソ泥ちゃうねん。

「はいはい、どちらさんでっか。」

「ただいま。」

健太郎

嫁はんや。帰ってきたんかいな。えらいしおらしいやないか。
ははあん、より戻したい、とこういう訳やな。勝手な女やでほん
ま。いやいやせやない。ここは未来や。目の前のこの女はわいの
嫁はんやなくってみらいのわいの嫁はん。つまり人妻やんけ。 

健太郎

「何やのん。ひと、宇宙人見るような目で見て。」

京子

「あっごめんごめん。」

健太郎

「上がってええ?」

京子

「も・もちろんやないか。ここはおまえの家や。それを言うなら、
 わいの方こそ、わいの留守中勝手にお邪魔してます。」

健太郎

「え?」

京子

「ん?なんでもない何でもない。」

健太郎

あかんあかん。気イつけて喋らんと。この女、純文化系やもんな。
タイムマシンがどうたら言うたら、ひと、きちがい見る目で見る
女や。いらんこと意わんと、金借りてさっさと去ろ。もう、腹ペ
コで目ぇ回ってきたがな。ここはとりあえず下手に出て。

京子

「ごめん。ほんま、ごめん。今さらこんなこと言うても屁のつっ
 ぱりにもならんかも知らんけど、謝るわ。これ、この通り。」

健太郎

ははは、けったいなもんやなあ。ひとの嫁はんやと思うとなんぼ
でも頭下げられるわ。

京子

「ほんまにそない思うてるのん?」

健太郎

「思うてる思うてる。」

京子

「そんならあたしを大事にする?」

健太郎

「大事にする大事にする。行きたいとこ連れていく。買いたい物
 も買うてやる。服でも靴でも鞄でも。」

京子

「今言うたこと紙に書いて。」

健太郎

「え?」

京子

「ほんでそこ拇印押して。」

健太郎

あッ、なんちゅう女や。ドあつかましい。これ、誓約書やないか。
まあええわ。尻ぬぐいは未来のわいに押しつけて、わいはドロン
してもうたらええねん。

京子

「あんたのあのくだらない研究やら実験やらはどうするの?」

健太郎

「やめる。スパッとやめる。もうやめる。」

京子

「別に……スパッとやめてしまわんでもええのよ。ただあたしは、
 ひとりぼっちにされてしまうのがかなわんのよ。あんたは、昔
 はよう研究やら実験やらの説明してくれたやないの。あたしに
 はチンプンカンプンやったから黙っとったけど、でも、俺の説
 明を黙って聞いてくれるのはおまえだけや、そないあんた言う
 て嬉しそうにしとったやないの。あんたが嬉しそうにしとった
 らあたしも嬉しかった……もういちど……あの日に帰りたい。」

健太郎

「な・泣いてんのか。何も泣くことあらへんやないか。」

京子

「そやかて……」

健太郎

「分かった。説明したる。帰ってきてくれるんやったら、説明く
 らいなんぼでもしたる。ええか、これがタイムマシンや。この
 レバーで過去か未来か、行き先を決めるねん。このダイアルで
 移動時間距離を設定。ほんでこれがスタートボタン。あ、こら、
 何しとんねん。何、勝手に乗り込んでんねん。出てこい。あか
 ん、腹ペコでちからがでぇへん。」

京子

「かんにんやで。うち、未来から来たんや。」

京子

「ななな・何やて?」

健太郎

「あんたのおらん隙にいじっとったら勝手に動き出してしまって
 ん。帰ろうにも動かし方分からへんし、困っとってん。これで
 未来へ帰れるわ。おまけに誓約書たらいうお土産まで戴いて、
 へえ、ほんまおおきに。」

健太郎

「こら、おまえ、そしたらさっきのは嘘泣きかえ。あ、こら、待
 て。」

京子

「ズイーン」というような、機械の作動音。
女優が口で言ってもよい。

健太郎

あかん、行ってもうたがな。ノートも設計図も何もかも、みいん
なタイムマシンごと行ってもうた。さっぱわやや。ん?待てよ。
あいつ未来へ帰るとかぬかしとったな。ということは、ここでこ
うして待っていれば、何時間か何十時間か、それはわからんけど、
いずれまたここにズイーンと現れよるということや。ははは。や
っぱ女の浅知恵。わいからは逃げられん運命なんや。わいは待つ
でぇ。何時間か何十時間か何日か、それはわからんけど、待った
るでぇ何日か何カ月か何年か……しかし腹減ったな。もう動かれ
へん。声も出ぇへん。嫁はん、早よ、帰ってきてぇな。